プロの学校

なんでもできる平均人(ジェネラリスト)より、これが強みだというプロフェッショナルを目指せ! プロの自分をつくる極意を伝授。 成長を続けるための「心・技・体」入門。

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優しさの陰に潜むもの

田坂広志教授に学ぶ人間学


我が師、田坂広志多摩大学院教授から、
毎週、風の便りというショートメールを
頂いております。

非常に短いメッセージの中に、
深く、そして広い意味が込められています。
まさに、言霊というべきものでしょう。

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本日のテーマは、

優しさの陰に潜むもの

です。

まずは、ご一読下さい。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

優しさの陰に潜むもの

 1997年のブループラネット賞を受賞した
 科学者のジェームズ・ラヴロック博士が、
 『地球生命圏』という著作において、
 「ガイア仮説」と呼ばれるものを述べています。

 それは、「地球とは、一つの巨大な生命体である」との仮説であり、
 ギリシア神話における大地の女神
 「ガイア」に由来して命名されたものです。

 このラヴロック博士が、
 1998年に上梓した『ガイアの思想』という著作の中で、
 興味深いことを述べています。

  ガイアには、自己治癒力があります。
  ガイアは、その歴史を通じて、
  多くの災害に遭遇してきています。
  半径が10マイルもあるような巨大な隕石が、
  いくつも地球に衝突しています。
  90パーセントもの種を滅亡させた隕石もありました。
  しかし、ガイアは、常に回復してきました。
  ガイアが強大な自己治癒力を備えていることは、
  こうした事実によって実証されています。

  ですから、私たちが何をしようと、
  ガイアが破壊されるようなことは絶対にありません。
  そんなことができると考えること自体が、
  私たちの傲慢であり、誤ったプライドにすぎません。

  しかし、人類が、
  自ら築いた文明を破壊してしまう可能性は
  十分にあります。

 このラヴロック博士の言葉を聞くとき、我々は、
 最近の環境ブームの中でしばしば使われる
 あの言葉に潜む落とし穴に気がつきます。

  地球に優しく。

 その美しい響きの言葉の陰に潜む
 「善意の傲慢」に、気がつくのです。

 田坂広志

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


ガイア、すなわち地球には、隕石の衝突をも乗り越える
強大な自己治癒力を備えている。
だから、私たち人間が何をしようと、
ガイアが破壊されるようなことは絶対にないという。

私たちは、時に自然との闘い、自然への挑戦を考える時がある。
しかし、そんなことができると考えること自体が、
人間が何でもできるという傲慢に過ぎない。

ガイヤ、自然、宇宙に、私たちが生かされていると考えるべきだろう。

天崎拝
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| 田坂広志に学ぶプロフェッショナルの哲学 | 08:30 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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田坂広志教授に学ぶ人間学

田坂広志教授に学ぶ人間学

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深く、そして広い意味が込められています。

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本日のテーマは、

「情報化」の逆説

です。

まずは、ご一読下さい。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「情報化」の逆説

 プロ野球、ヤクルトの監督時代に、
 「データ重視の野球」を掲げてペナントを制し、
 西武とのシリーズで日本一に輝いた野村克也氏が、
 後日、テレビの番組に出演して語った言葉が、
 印象に残っています。

 監督、ヤクルト優勝の勝因は、やはり、
 「データ重視の野球」ですね。

 このインタビュアーの質問に対して、
 野村監督は、憮然とした表情で、こう答えました。

 「データ重視の野球」ということならば、
 いまどき、どこのチームも、
 多くのスコアラーを派遣し、
 大量のデータを入手して、
 徹底的に分析していますよ。

 肝心のことは、
 その膨大なデータ分析結果の中から、
 次の試合に勝つためのポイントを、
 いくつかに絞って掴み出すことです。

 そして、そのポイントを、
 それぞれの選手の個性に合わせて、
 これとこれ、といって
 分かりやすく伝えてやることですよ。

 この野村監督の言葉は、
 「情報化」についての
 一つの逆説に、気がつかせてくれます。

 「情報化」によって、
 我々の「思考」は、決して楽にはならない。

 それは、我々に、
 ますます深い「智恵」を求めるからです。

 田坂広志

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ウェブの進化によって、私たちは、抱えきれぬほどの多くの情報を
集めることができるようになった。
しかし、多くの情報があればいいということではない。
情報が増えれば増えるほど、情報の選別が必要になる。
では、どのように有用な情報を選別することができるのか。
それが今私たちに求められる「智恵」なのである。

天崎拝

| 田坂広志に学ぶプロフェッショナルの哲学 | 15:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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田坂広志教授に学ぶ人間学 『静寂を待つ』

田坂広志教授に学ぶ人間学

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深く、そして広い意味が込められています。

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本日のテーマは、

「静寂」を待つ

です。

まずは、ご一読下さい。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 1994年の将棋・竜王戦、第六局、
 羽生善治棋士と佐藤康光棋士の対戦でのこと。

 開始の合図があったにもかかわらず、
 先手である羽生棋士が、なかなか第一手を指さない。
 眼を閉じ、考え込んでいる風情のまま、
数分間が過ぎていきます。

 そして、観戦の人々がざわめきはじめたとき、
 羽生棋士は、眼を開け、ようやく第一手を指しました。

 このときのことが、後日、
 詩人の吉増剛造氏との対談で話題になりました。

 吉増氏から、「あのとき、迷いが出たのですか」と問われ、
 羽生棋士は、こう答えました。


 いえ、そうではありません。
 静寂がやってくるのを待っていたのです。


 この羽生棋士の言葉は、
 一つの真実を、我々に教えてくれます。


 最も大切な勝負の瞬間や、
 最も重要な決断の瞬間には、
 深い直観力が求められる。

 しかし
 深い直観力が働くためには、
 深い静寂心が求められる。


 羽生棋士が教えてくれたのは、
 その真実でしょう。

 そして、この真実から、
 我々は、一つの逆説を学びます。


 極限の意思決定を前にして、
 最も大切なことは、
 いかなる「選択肢」を選ぶかではない。

 いかなる「心境」で選ぶかなのです。

 田坂広志

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

経営者の方々が、
座禅や瞑想をするという話をよく聞く。

私たちもビジネス上で、
決断しなければならない場面がたくさんあるが、
大きな決定をするときほど、
ひとり静かにじっと考えたい。

深い直観力が働くためには、
 深い静寂心が求められる。


じっと静かに、瞑想するかのように
考えを巡らしていく中で、
閃きが舞い降りてくることがある。

まさに、田坂氏の言うように、

いかなる「選択肢」を選ぶかではない。
いかなる「心境」で選ぶか


なのだろう。

天崎拝










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人生の試験

人生の試験


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深く、そして広い意味が込められています。

まさに、言霊というべきものでしょう。

今週のテーマは、

究極の「 人生の試験」

です。

まずはお読み下さい。

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-------------------

 中学生や高校生の頃、国語の試験で
 次のような問題が出されたことを
 記憶しています。

  この文章によって、
  著者は、読者に、
  何を伝えようとしているのか。

 文章を読み、著者の意図を推し量る。
 そして、正しい答えを見出す。

 そのとき、我々は、
 その試験に合格点を得ることができました。

 しかし、一人の人間として道を歩み始め、
 歳を重ねるにしたがって、
 ときおり、
 人生において、この試験問題が出されているように
 感じることがあります。

 人生の中で直面する、様々な問題。
 仕事における失敗や敗北。
 生活における苦労や困難。
 人生における挫折や喪失。

 そのとき、ふと、心に試験の問題が浮かぶのです。

  この出来事によって、
  人生は、自分に、
  何を教えようとしているのか。

 そして、我々は、
 心の成長とともに、その答えに辿り着きます。

  この失敗は、自分の、この未熟さを教えてくれているのだ。
  この苦労は、自分の心の、この弱さを教えてくれているのだ。
  この挫折は、自分の生き方の、この過ちを教えてくれているのだ。 

 そして、我々が、
 そのことに気がつき、
 深い反省の時を経て
 心を新たに歩み出すとき、
 不思議なことに、気がつきます。

  人生における、一つの試験の
  合格証書。

 それを手にしていることに
 気がつくのです。

 田坂広志


-------------------

人生には、多くの出会いがあり、
多くの出来事があります。

素晴らしい出来事もあれば、
失敗、敗北、苦労、困難、挫折、喪失も
それ以上に多くあります。

それらの出来事をただの辛い思い出とするのか、
明日への糧としての貴重な体験としていくのか、
それは、自分次第だということです。

人生の試験と捉えることができれば、
あらゆることから、学びを得ることができるのです。


天崎拝

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必死という言葉

必死という言葉



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深く、そして広い意味が込められています。

まさに、言霊というべきものでしょう。

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今週のテーマは、

究極の「 必死という言葉」

です。

まずはお読み下さい。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 「必死」という言葉

 ときおり
 耳にする言葉があります。


 「死ぬ気になって、やります」

 「必死になって、頑張ります」


 この言葉を聞くとき、
 いつも、一つの思いが、心に浮かびます。


 たしかに、人間、
 死ぬ気になったとき、
 信じられぬほどの力を、発揮する。

 必死になったとき、
 想像を超えた力を、発揮する。


 けれども、静かに見つめるならば、
 この言葉は、不思議な言葉。


 「必死」と書いて、

 「必ず死ぬ」と、読む。


 そうであるならば、
 本来、我々は、

 誰もが、必死。


 この言葉を目にするとき、
 いつも、そのことが
 心に浮かびます。

 そして、そのとき、
 たしかに、

 体の奥深くから、
 力が湧いてくるのです。

 田坂広志

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

私たちは、普段から、
当たり前のように、
「必死になって頑張ります」
などと言っている。

しかし、
 「必死」と書いて、
 「必ず死ぬ」と、読む。

こう考えると、必死という言葉に
深い意味を感じるべきだろう。

明日死ぬかもしれないと考えれば、
今日という日に何をすべきかを
もっと真剣に考え抜くことができる。

天崎 拝

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経営者の失ったもの

経営者の失ったもの


我が師、田坂広志多摩大学院教授から、
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非常に短いメッセージの中に、
深く、そして広い意味が込められています。

まさに、言霊というべきものでしょう。

今週のテーマは、


「経営者の失ったもの」

です。

まずは、ご一読下さい。

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ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


昔、ある企業の経営者の部屋を訪問したときのことです。

その部屋には、小さな額縁に入った
不思議な写真が飾ってありました。

それは、太平洋戦争において、
米軍機の総攻撃を受け、
炎と煙を上げながら、
いま、まさに沈没しようとしている
日本軍の巡洋艦の写真でした。

攻撃中の米軍機から撮影したと思われる
その写真を飾っている理由を伺うと、
経営者は、静かに、答えました。

その船に、私は乗っていたのですよ。


その巡洋艦の沈没とともに
多くの水兵が海に投げ出され、
その人物も、夕刻の海を漂流しながら、
死を覚悟したとき、
奇跡的に通りかかった自軍の船に助けられ、
九死に一生を得た。

その経営者の話を伺ったとき、
なぜ、その人物が、
千人を超える人々が集まる場において、
ただ静かに乾杯の音頭を取るだけで、
その場の雰囲気を制するか、
その理由を知りました。

生死の体験から掴んだ
一つの資質。


重量感


それは、いま、
多くの経営者が
失ってしまったものなのかもしれません。


 田坂広志

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

戦争という原体験が、
この経営者のビジネスへの覚悟を支えています。

以前田坂先生から学んだことですが、
名経営者として成功するためには、
3つの体験が必要だと言います。

1つが投獄、1つが戦争、1つが大病。

そうい生きる死ぬの体験をしていない限り
名経営者にはならないと言うのです。

今は、3番目の大病はあるかもしれませんが、
投獄されても死ぬことも、
戦争もないでしょう。

だから、
もう名経営者は出てこないのでしょうか。

そんあことはありません。

自分を極限状況に置いて、
ビジネスにかりたてて行けるかどうか、
それは心の置きどころによるはずです。

腹を決め、覚悟をしてビジネスに臨む。

重量感を持った生き様が求められるのでしょう。


天崎 拝





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人生の成功の定義

人生の成功の定義


我が師、田坂広志多摩大学院教授から、
毎週、風の便りというショートメールを
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非常に短いメッセージの中に、
深く、そして広い意味が込められています。

まさに、言霊というべきものでしょう。

今週のテーマは、


「人生の成功の定義」

です。

まずは、ご一読下さい。

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ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「人生の成功」の定義


アメリカの初等教育において、
子供たちに教える言葉があります。

Define your own success.

あなた自身の「成功」を定義しなさい。


この言葉を聞くとき、
我々は、気がつきます。

世に溢れる「勝者」や「勝ち組」という言葉の中で、
自分自身が定めた「成功」の基準ではなく、
社会通念が定めた「成功」の基準によって、
無意識に、人生の道を選んでいく。

その我々の姿に、気がつきます。

しかし、そのことに気がつき、
自分自身の「成功」を定義しようとするとき、
我々は、しばしば、
さらに深い問題に突き当たります。

自分が本当に求めているものが、分からない。

それゆえ、アメリカの初等教育においては、
先ほどの言葉とともに、
かならず、
もう一つの言葉を教えるのでしょう。

Find your own uniqueness.

あなた自身の「個性」を発見しなさい。

すべては、深い「自己探求」から始まる。

この二つの言葉は、
そのことを教えてくれるのです。


田坂広志

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


成功の尺度は、本人の目指すもの、
夢がどこにあるのかが決めるのだろう。

それを突き詰めていけば、
自分らしさとは何か、
個性とは何か、
アイデンティティとは何か
というところに行き着く。

まさに自己探求である。

禅の始祖とも言える道元は、
『正法眼蔵』の中でこう言っている。

仏道をならふというふは、
自己をならふなり。

つまり、
仏道をならうことは、
「自己を究明する」ことである。
ここでいう「自己」は、
本来の自分自身である。

自己を探求することは、
自分の人生を知ることとなる。


天崎 拝





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無意識の権力を意識せよ。

無意識の権力を意識せよ


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深く、そして広い意味が込められています。

まさに、言霊というべきものでしょう。

今週のテーマは、


「無意識の権力」

です。

まずは、ご一読下さい。

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ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

無意識の権力

 政治の権力について
 しばしば語られる小話があります。

 ある国で、軍事クーデターが起りました。
 クーデターの首謀者である将軍は、
 民政を倒して独裁体制を敷いたのですが、
 そのクーデターを国民が支持しているかが
 気になりました。

 そこで、その将軍は、年寄りの労働者に変装し、
 人々の集まる映画館に行ってみました。

 映画の前のニュース放映のとき、
 最近のクーデターが報道され、
 画面に、戦車に乗った将軍が登場しました。
 すると、映画館にいた観客は全員総立ちになり、
 将軍を誉め讃える拍手を送ったのです。

 満場の観客が拍手する姿を見て、
 「このクーデターは、国民から支持されている」と
 感激して椅子に座り込んでいた将軍に、
 隣で立って拍手をしていた若い労働者が、ささやきました。


  おい、じいさん、拍手しな。

  拍手しないと、殺されるぜ。


 思わず笑いを誘う、この小話。

 しかし、一人のマネジャーとして
 この話を読むとき、
 それが、政治についての風刺であることを超え、
 マネジメントについての警句であるように
 思えてきます。

 なぜなら、

 マネジャーが無意識に振り回す権力

 それは、しばしば、メンバーから、
 自分の好む意見を引き出してしまうからです。

 田坂広志

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

裸の王様という童話がありますが、
裸のマネージャー、裸の経営者も
現実社会では存在するということです。

ひょっとすると
ミーティングで、

「おい、ちゃんと拍手しな。
拍手しないと、クビにされるぞ。」

などといいうことが、
起こっているかもしれません。

田坂氏はそれを、

マネジャーが無意識に振り回す権力

と呼んでいます。

一般に、社内では、
上司を名前ではなく役職で、
「部長」などと呼び、
また、上意下達のトップダウンの
コミュニケーションが当たり前になります。

そして、
メンバーの声に耳を傾けることなく、
組織内の空気を感じなくなった時、
マネジメントは、
マネジャーが無意識に振り回す権力
に変わってしまうのでしょう。

組織の中にあるメンバーの心の動き、
心の生態系をいかに把握し続けるかが、
マネージャーの重要な仕事なのです。

天崎 拝



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我が師の言葉 『才能を生かす才能』


才能を生かす才能




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深く、そして広い意味が込められています。

まさに、言霊というべきものでしょう。

今週のテーマは、


「才能を生かす才能」

です。

まずは、ご一読下さい。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 学生時代、
 演奏家としての道を志す友人がいました。

 まだ無名の時代に、
 彼が、呟くように
 語っていた言葉を思い出します。


  自分の才能を信じられなければ、
  この道は歩めないよ。


 その友人と、二十年の歳月を経て、会いました。
 彼は、演奏家として、
 すでに、社会的な名声を得ていました。

 久しぶりに聞いた演奏に感銘を受け、
 昔を思い出し、彼に言いました。


  君には、やはり才能があったのだね。


 その言葉に対して、
 彼は、ためらいながら、語りました。


  自分には才能がある。
  そう思ってしまうことが、
  怖いことなのだね。


 二十年の歳月を経て語られた
 正反対の二つの言葉。

 その言葉を前に、思います。


  己の才能を、信じるべきときに、信じ、
  過信すべきでないときに、過信しない。


 そのバランス感覚こそが、
 才能を生かす才能、なのかもしれません。


 田坂広志


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

人それぞれ、
何かしらの才能を持ち合わせています。

その才能を活かせるかどうかは、
その人の生き方次第。

音楽家は、音楽家の道を、
プロスポーツ選手は、
スポーツの道を歩みます。

己の才能を信じて、
前へ前へ進み、
そして道を極めていきます。

しかし、
己の才能を、
信じるべきときに、信じ、

しかも、
過信すべきでないときに、
過信しない。

それが、
才能が才能を生かす
なのでしょう。


天崎 拝

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田坂広志氏に学ぶプロの哲学「既に見た光景」

田坂広志氏に学ぶプロの哲学

「既に見た光景」



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深く、そして広い意味が込められています。

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今回のテーマは、


「既に見た光景」


です。ご一読下さい。


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 昔から、多くの人々が体験しながら、
 あまり話題にしないことがあります。

 「デジャ・ヴュ」

 フランス語で「deja vu」。
 日本語で「既視感」とも訳される体験。

 例えば、日常生活の中で、何気なくある光景を見た瞬間、
 「ああ、この光景とまったく同じ光景を、見たことがある」
 と感じる不思議な体験です。

 そうした体験を持っている人は、
 決して少なくありません。
 しかし、それを口にする人が少ないのは、
 そのことを話題にすることによって、
 超常現象や神秘主義の議論に流されることを
 恐れるからかもしれません。

 たしかに、この不思議な体験には、
 大脳生理学による科学的な説明があります。
 数秒前に体験したことが、脳神経の誤作用によって、
 過去の体験の記憶として取り出される結果、
 そうした既視感が生まれるとの説明です。

 しかし、この現代科学による説明を聞くとき、
 我々の心には、
 その合理的な説明に納得しながらも、
 ある一抹の寂しさが残ります。

 おそらく、それは、
 この「既視感」を感じるとき、
 我々の心に、一つの言葉が浮かぶからでしょう。

 矛盾に満ちた言葉でありながら、
 不思議な安堵感を覚える、あの言葉です。


 「未来の記憶」


 なぜか、我々は、
 この言葉に惹かれるのです。



田坂広志

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


皆さんも、初めて行った場所であるにもかかわらず、
「ああ、この光景を、見たことがある」
 と感じたことは、ないでしょうか。

私は、風景より、むしろ、
人物についてそう感じることがあります。

初めてお会いして、名刺交換する時に、
「どこかでお目にかかったことがありませんか。」
と思わず聞いてしまうことが、よくありました。

なぜそう感じるのでしょうか。

私の場合、ご紹介でお会いしていたので、
事前にその方の特徴や人柄などを
お聞きしていましたので、
こんな人ではないか、きっとこうだろう…と
イメージを膨らませてお会いします。

このイメージとドンピシャの方とお会いすると、
思わず、過去にあったように錯覚してしまうのです。

つまり、
人は、未来の状況や行動を想像し、予測して、
それが記憶となるので、それが現実とマッチすると、
未来の記憶、既視感を感じるのでしょう。


天崎 拝

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