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なんでもできる平均人(ジェネラリスト)より、これが強みだというプロフェッショナルを目指せ! プロの自分をつくる極意を伝授。 成長を続けるための「心・技・体」入門。

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勝つことへの執念と負けることを恐れない勇気を持つ


「勝つことへの執念」

と「負けることを恐れない勇気」を持つ



黒田選手がにニューヨーク・ヤンキースから、
8年ぶりに古巣の広島東洋カープに復帰した。
黒田はメジャーの複数球団からオファーを受け、
年棒の最高額はパドレスの1800万ドル(約21億6000万円)。

一方、広島は総額4億円。あまりの差に日米で『驚き』『衝撃』と報じられた。

20150317070141211.jpg


黒田投手はこう言う。

メジャーへの未練がないと言えばウソになりますが、
今年2月で40歳になりますし、あと何年野球ができるかわからない。
それを考えたときに、カープで野球をすることのほうが、
一球の重みを感じられるんじゃないかと判断しました。
当然、アメリカで投げることにも重みがある。
ただ、僕に残された球数は、そんなに残ってないと思う。
そう考えると広島が充実感があるんじゃないかと判断しました。


「僕に残された球数はそんなに残ってない」というところに、
プロ野球選手としての最後にかける覚悟が感じられるコメントだ。

野球選手だけでなく、
プロスポーツ選手がオリンピックなどの大舞台に臨む時、
これまでの努力の成果を100%出し切って,
悔いのない試合をしたいと思うのは当然だ。

そして、
本当に大事な試合において100%の力を出すためには,
「勝つことへの執念」と「負けることを恐れない勇気」
を持つことが必要だ。

勝つことへの執念が強くないと,
勝負の瀬戸際のところで勝ち残ることができない。

逆に、
勝つことにこだわるあまり,負けることを恐れると、
全力を出し切ってプレイできず、
チャレンジ精神も失われてしまう。

負けることは自分のプライドを傷つけ、
これまでの努力をすべて意味のないものに
してしまうかもしれない。

しかし,負けを恐れてはいけない。

これまでの努力は,先行投資の捨て金であり,
勝つために惜しげもなく捨てるべき。
最後の試合は有り金を全部賭けて勝負するようなものだ。

すべてを捨てて、背水の陣で攻め切るしかない。

私たちも、期末の今が勝負であり、
全てを賭けて勝負する時だ。

勝つためにないができるかを、
絞り出してやり切っていきたい。

天崎拝

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人軸経営とは何か

人軸経営とは何か


子安裕樹さんって誰だか知っていますか?

プロフィールにはこう書いてある。
1970年横浜市生まれ。
3歳からラグビーを始め、
スポーツで体育大学に進学。

21歳で知人が経営する赤字のレストランを
3ヶ月で立て直し、経営に興味を持つ。

海外や日本各地で予防医学を学んだ後、
2001年カラダファクトリー1号店をオープン。

今回私の会社がフランチャイズで参加する
カラダファクトリーの
ファクトリージャパングループのCEOである。

20150222213454bf2.jpg


マンションの一室で始めた
小さな整体ビジネスを10年で
国内90店、海外2店。
従業員は735人。
創業以来、増収増益で
売上50億まで拡大した。

そもそも、なぜ整体なのか。

大学卒業後、高速道路で交通事故に巻き込まれる
車は大破したがけがはなかった。
ところが、だんだん首が痛くなり、
肩こり頭痛がひどくなる。

医者に行っても、ストレス、疲れ、むち打ち症と
色々と診断されるが全く治らなかった。
体重も15キロ以上減って、引きこもり状態。

その時に叔父のやっている整骨院に行き、

それはむち打ち症だ。心配するな、俺が治してやる。

と治療を受けて、全快する。

この時に、患者の立場から、
医者の診療の問題を強く感じて
整体を学ぶことを決め、開業する。

サービス業は、人と人が接するビジネスであり、
人となりにお客様がつくビジネス。
技術や商品力も重要だが、お客様が求めているのは、
目の前にいる人から受ける気持ちのいいサービスだと考え、
お客様本位の整体サービスビジネスを始める。

普通の医者は、待ち時間99%、診察3分であるが、
診療時間の6割は病状の原因、施術の説明で、
不安を取り除く納得いく説明をし、
4割を施術とする、
ホスピタリティー&コミュニケーションを
コンセプトとした。

相手の気持ちを思いやり、
それを実践できる人を育て、
組織をつくることが、
心のこもった接客サービスにつながるという
人軸経営を進めて、リピートと紹介で成長してきた。

社員向けにもいろいろな工夫をしているので、
参考にしたいと考えている。


天崎 拝

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錦織圭選手の800億の経済効果に想うこと

錦織選手の800億円の経済効果に思う



昨年は、もたくさんのスポーツ選手が活躍した。

その中の一人、男子テニスで世界ランキング5位となった錦織選手。

錦織選手は、全米オープン準優勝、
最終戦ATPツアー・ファイナルベスト4進出など、
先期は大ブレークした。   

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錦織選手の人気で、
いったいどれくらいの経済効果があったのか。

全米オープンでは、準優勝まで勝ち上がり、
メディア露出が急増して「広告効果」が約500億円近い
と言われている。

それに加えて、テニスの国内市場は年々縮小傾向にあり、
2002年に約1200万人いた競技人口は、
10年間で500万人までに激減した。

しかし、今季の錦織選手の快進撃で、
テニス人気復活の起爆剤になるだろうと言われる。

テニスの国内市場は、ラケットやボールなどの
テニス用具関連で約554億円。

会員制を含めたテニススクールや
レンタルコートの規模が約301億円で、
全体で約855億円。

錦織選手の活躍は売り上げを
約20%押し上げると言われているので170億円になる。


また、錦織選手が所属契約する日清食品を筆頭に、
タグ・ホイヤー、デルタ航空など10社とスポンサー契約を結んでいる。

さらに全米オープンを中継したWOWOWは、
9月に開局以来最高となる新規入会者を獲得した。

合わせて4大大会や来季ATPツアーの日本向け
テレビ放映権は争奪戦となり、スポットCMなどの効果も大きい。

これらの合計すると約130億で、
経済効果はトータル約300億円となる。

広告効果と合計すれば、
錦織の活躍には800億円もの“付加価値”があったことになる。

これは、本田圭佑、イチローをしのぐ勢いで、
今後も活躍すればするほど、錦織の経済効果も上昇する。


過去のスポーツの経済効果の事例を見ると、
2003年阪神タイガース優勝は約1500億円と倍以上。

更に2011年のなでしこジャパンW杯優勝が、
約3000億円と更に倍となる。
スポーツの経済効果は大きい。

そして何よりも、
2020年の東京オリンピックは、
約20兆円と言われている。

GDPは毎年0.3%程度
押し上げられることが期待される。

首都高速道路など老朽化したインフラの整備や
観光産業の成長やスポーツ人口の増加などの
潜在的な効果も合わせると100兆円を超える
という説もある。

建設、不動産、観光の分野の株価は、
オリンピック開催決定から上昇している。

私たちも、改めて、どれだけオリンピックから
プラスアルファーの経済効果を得られるかが勝負だ。

ここは改めて意識していきたい。



天崎 拝

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流行語大賞に思う


流行語大賞に思う



2014年の流行語大賞も発表になったが、
日本エレキテル連合のダメよ~ダメダメ、
安部首相の集団的自衛権だった。



安部首相は、昨年のアベノミクスに引き続き、
受賞者辞退で、やや盛り上がりに欠けた。

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選考委員のジャーナリスト、鳥越さんは、

アベノミクス、集団的自衛権、原発再稼働も、
国民が反対しているにもかかわらず政府は
少しずつ推し進めた。
それに対して国民の気持ちを
最もよく表すのが『ダメよ~ダメダメ』だった

と総括した。


この流行語大賞は、1984年に創始され、
毎年12月1日に発表される。

世相をついた表現とニュアンスで、
広く大衆をにぎわせた言葉を選び、
その「ことば」に深くかかわった
人物・団体を表彰するものだ。

1985年は、イッキ!イッキ!
86年はフリーター、
が選ばれている。

いずれも、
今や普通の日常語となって定着している。

ちなみに、
去年は、東進ハイスクールの林先生の今でしょ!、
滝川クリステルのお・も・て・な・し、
NHKの朝ドラのじぇじぇじぇ、
『半沢直樹』の倍返し。

どれも一度は、皆使っている言葉でもあるし、
使われすぎて、遅れて使うと恥ずかしいこともあった。

ちなみに、
お笑いタレントは、新語・流行語大賞を受賞すると
翌年から人気が落ち、一発屋になるという
ジンクスがあるらしい。

テツandトモやスギちゃんなどが低迷。
流行りすぎると飽きられてしまい、
次がないと厳しいので、良し悪しだ。

こういう流行語には、
はやりが終り、一時的な現象として
忘れられてしまうものもあるが、
逆に、それが出てきた時の世相や
時代背景にマッチすれば、
一般語になって国語辞典に登録されて
定着するものも多い。

私たちのビジネスで使っている言葉も、
商標登録したり、戦略的にPRすることで、
当たり前の言葉として世の中に定着させて
いくいうことも、マーケティングの役割なのだ
と考えている。


天崎 拝

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歴史小説への誘い



歴史小説への誘い


皆さんは、歴史小説は読みますか。

知人の経営コンサルタントが言っていたが、
コンサルティングを始めて最初に山岡荘八の徳川家康全巻読んで、
リーダーのあり方を学んだそうだ。

この本は、昭和25年から新聞に『徳川家康』を 連載開始。
18年がかりで完成したこの大河小説は「経営トラの巻」としても幅広い読者を獲得し、
五千万部突破という戦後、最大のベストセラーになった。
ちなみに、全巻で26巻、21,000円。大人買いするしかない。

こういう作品の多くは、少年時代から始まり、
恋をして活躍して死ぬまでが、時系列的に描かれており、とにかく長い。

山岡荘八氏や吉川英治氏は、圧倒的なボリュームで出版された。
「全巻読み切った」という達成感はあるが、かなりの時間がかかる。

私のオススメは、司馬遼太郎だ。

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司馬遼太郎は、産経新聞社記者として在職中に、
『梟の城』で直木賞を受賞し、歴史小説に颯爽とデビューした。

代表作に『竜馬がゆく』『燃えよ剣』『国盗り物語』『坂の上の雲』などがある。
戦国・幕末・明治を扱った作品が多く、
彼の歴史観は、司馬史観とも言われ、独自の歴史観がある。

特に、司馬氏は、歴史に出てこない重要人物に
フォーカスを当てて、歴史を見る。

坂本龍馬は、彼が本に書くまで、ほとんど無名だった。

そして、単なる歴史小説、フィクションの世界だが、
主人公たちが本当にそう言ったのではという、リアリティー
を感じさせるところは素晴らしい。

なぜそこまで、感じさせる力があるのか。

それは、
司馬遼太郎は、一つの小説を書くのに、
神田の古書店から関連資料を3トンぐらい仕入れて、
尋常でないボリュームの情報量から、
新しい人物像を研究しているからである。

司馬遼太郎はこう言う。

物事は両面からみるべきというが、
それでは平凡な答えが出るにすぎない。

もっととんでもない角度から、
つまり天の一角から見おろすか、
虚空の一点を設定してそこから見おろすか、
そうしてみれば問題はずいぶん変わって見えてくる。



歴史という過去の出来事は、変わりようがない。
しかし、
どこにフォーカスを当てるかで、
新しい歴史の見方が出来る。

これは、歴史に限らず、すべての事象は、見方によって違う。
今世の中で起こっていることにも、
どういう意味があるのかというフレームワークを与えると、
見方は180度変わることもある。

日銀は、更なる金融緩和を進めているが、
資産インフレ起こるまで金融緩和をし続ける
→金融資産が大きく目減りする
→逆に不動産価格は上昇し続ける
という流れは必然だ。

しかし、
この認識は、ビジネスサイドと顧客では
大きな差がある。

株価は、すでに、2倍になっている。
不動産価格は、通常株価の変動から1年から2年遅れて
上がっていく。
これは、歴史が証明している事実だ。

こういうフレームワークをきっちりおさえておけば、
ものの見方が変わる。

20年ぶりに、日本経済が大きく変動しようとしている。
新しい歴史の始まりである。


天崎 拝







 


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都市をマーケティングする

都市をマーケティングする

流山市はどこにあるかご存知ですか?

松戸と柏の間にある、昔は結構不便な都市だった。

先日、仕事で久振りに行ってきたが、
つくばエクスプレス開業により、
都心へ20分という便利な立地に変わっていた。

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流山市長の井崎氏は、
元ビジネスコンサルタントで、自治体(市町村)では
日本初となるマーケティング課を設置した。

シティセールスプランを策定し、特に、
共働き子育て夫婦「DEWKS」にターゲットに、
テレビやメディアを積極的に活用した
プロモーションを強化充実させている。

元々流山市は知名度が非常に低く、
地域イメージもまったくなく、
「よい」も「悪い」もない、いわば「白紙状態」。

そこで、
「父になるなら流山市」「母になるなら流山市」
というキャッチで銀座、表参道、六本木など都内の主要駅に、
大型ポスターで宣伝。


20141207010101f55.jpg


市の魅力を知ってもらうためのイベントなど
のプロモーション活動を推進した。

結果、
この5年間で、人口が1万2千人増加。
人口の最大のボリュームゾーンは、
「60~64歳」から「35~39歳」にシフトし、
子どもがいるファミリー層が流入し、定着した。

なぜ成功したのか?

マーケティングの基本は、STV、すなわち、
セグメント、ターゲットを決め、
そのニーズにマッチした価値の提供だ。

30代のファミリー世帯というセグメント、
特にメインターゲットとして、
DEWKS(ダブルエンプロイー、ウィズキッズ)に対して、
都心に近くて、しかも子育てする住環境が充実している街
という価値を提供する。

「都心から一番近い森のまち」というコンセプトで
街づくりを始める。

そして、ターゲットのニーズは、子育てだ。

①子育てー保育園の新設で2.5倍に増やし、
市内2カ所の駅前に送迎保育ステーションを作り、
親は出勤前に施設に子どもを預け、
出勤後にその施設に迎えに行けばよいようにしている。

②教育ー市内中学全校に外国語指導助手)を1名ずつ配置。
小学校でも、ネイティブのスーパーバイザーを配置。
英語教育の充実を図っている。

③生活ーおおたかの森駅は、
二子玉川の街づくりをしてきた人材を引き抜き、
ショッピングモールも充実し、
並木やイルミネーションも第二の二子玉の雰囲気を出す。

つくばエクスプレスの駅名も、
開通の5カ月前まで「流山中央」「流山運動公園」
という駅名になる予定だったが、
「流山おおたかの森」「流山セントラルパーク」という駅名に変更。

こういうネーミングも街のブランド化には重要。
役所は頭が硬いので、都市のマーケティングの成功例は珍しい。

私たちのビジネスは、ターゲットも狙いも違うが、
経営者、富裕層というセグメントのニーズを
満たしていくというフレームワークは同じ。

銀行、証券、税理士事務所、
富裕層・経営者のネットワーク、
既存顧客を活用したマーケティングを
新たに進めていくことが求められていくのだろう。

天崎 拝

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流行語大賞に思う

流行語大賞に思う



2014年の流行語大賞が発表になった。

日本エレキテル連合のダメよ~ダメダメ、
安部首相の集団的自衛権だった。
安部首相は、昨年のアベノミクスに引き続き、
受賞者辞退で、やや盛り上がりに欠けた。

20141206204846530.jpg


選考委員のジャーナリスト、
鳥越さんは「アベノミクス、集団的自衛権、原発再稼働も、
国民が反対しているにもかかわらず政府は少しずつ推し進めた。
それに対して国民の気持ちを最もよく表すのが、
『ダメよ~ダメダメ』」だったと総括した。

この流行語大賞は、1984年に創始され、
毎年12月1日に発表される。
世相をついた表現とニュアンスで、
広く大衆をにぎわせた言葉を選び、
その「ことば」に深くかかわった人物・団体を表彰する。

1985年は、イッキ!イッキ!
86年はフリーター。
どちらも、今や普通の言葉となって定着している。

ちなみに、
去年は、東進ハイスクールの林先生の今でしょ!、
滝川クリステルのお・も・て・な・し、
NHKの朝ドラのじぇじぇじぇ、
『半沢直樹』の倍返し。

一度は、皆使っている言葉でもあるし、
使われすぎて、遅れて使うと恥ずかしいこともある。

ちなみに、お笑いタレントは、
新語・流行語大賞を受賞すると翌年から人気が落ち、
一発屋になるというジンクスがある。
テツandトモやスギちゃんなどが低迷。
流行りすぎると、次がないと厳しいので良し悪しらしい。

こういう流行語には、はやりが終り、
その現象もなくなって、忘れられてしまうものもあるが、
逆に、それが出てきた時の世相や時代背景にマッチすれば、
一般語になって国語辞典に登録されて定着するものも多い。

流行語としての流行り廃りはともかく、
自分たちのビジネスコンセプトを、
言葉にして世の中に定着させて、
一般用語にまですることも、
マーケティングの役割ではないかと思う。


天崎 拝


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羽生結弦選手の執念

羽生結弦選手の執念


中国・北京で開かれているフィギュアスケート・グランプリシリーズ
の第3戦で、練習中にまさかの事故に見舞われ負傷しましたが、
本番を滑りきり2位に入賞しました。

事故は、フリー演技前の練習時間に起きました。
勢いをつけて後方へ滑っていた羽生選手が、
体勢を変えて振りむいた瞬間、
中国の閻涵選手と正面から激突し、
そのまま顔面からリンクに倒れました。

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羽生選手は、しばらく仰向けに倒れたままでしたが、
一旦、立ち上がろうと試みます。
しかし、起き上がることができず、
救護隊が羽生の肩を抱えて
リンクの外へ出ました。
その時の羽生選手の顔色は真っ青で、
フラフラの状態でした。

誰もが、棄権すべきと考えていたはずです。
しかし、頭とアゴにテーピングを施して、
羽生選手はリンクに姿を表しました。
そして、淡々と練習を始めたのです。

しかし、その目からは、炎が出ているように見え、
いつもとは違う張り詰めた厳しいものでした。

そして、
前半の4回転ジャンプは転倒しましたが、
後半の3連続ジャンプを決めて、
なんとか最後まで滑りきったという演技でした。

得点が発表されると、期待以上の高得点で、
暫定1位となり、羽生選手は声を上げて
泣き崩れていたのが印象的でした。

解説の織田信成氏も、

「ただただ、すごいの一言。4回転、回ってましたから。
普通の人だと、これだけのケガのあとは回ることすらできないと思います。
しかも後半に、トリプルアクセル―シングルループ、
トリプルサルコウの連続ジャンプを決めていて、強い。
すごいとしか言いようがない」と興奮気味にコメントしていました。

確かに、
こんな状況で、こんな逆境で、戦った経験は、
ほとんど誰もいないはずです。

演技の後、リンクを出た瞬間に崩れ落ち、
担架で運ばれた姿を見て、
気合いで全力を尽くしたのがわかりました。

ただ我慢強いとか、あきらめないとか、
そういう言葉では片付けられません。

プロフェッショナルとしての魂、執念を感じます。

フィギュアスケーターも、アスリートであり、
そして、格闘家としての凄みまで感じました。

何事も、
最後までやり抜くことへの執念は、
ビジネスの世界では学ぶべきものではないでしょうか。


天崎 拝

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ダイエー中内功氏の執念

ダイエー中内功氏の執念

昨日に続き、消えゆくダイエーについて思うことを
書かせて頂きます。

ダイエーの中内氏が、松下幸之助氏のパナソニックと
30年戦い続けたことをご存知でしょうか。

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1964年の東京オリンピックの年に、
ダイエーが、松下製品を20%引きで販売を行ったところから
両社の対立が始まりました。

これに対して、
松下電器は、ダイエーへの出荷停止措置をとり、
今度はダイエーが同社を独占禁止法違反の疑いで告訴し、
両社の争いは泥沼化していきました。

今でこそ、ディスカウントが当たり前となり、
中内氏のこうどうは、先駆的であったということです。

中内氏の哲学は、

ダイエーの存在価値は、
既存の価格を破壊することにある



として、流通革命に執念を燃やし続けました。

両社が正式に和解したのは、なんと30年後の1994年です。

なぜ、中内氏はここまで、
執念を持って、流通革命を続けたのでしょうか。

この執念の原点は、戦争の体験にあります。

日経新聞の私の履歴書の冒頭で、こう書いています。



日本は太平洋戦争に負けた。
私はフィリピンの北部の山中で、
大日本帝国陸軍の軍曹として敗戦の日を迎えた。
自分の目の前で多くの戦友が死ぬのを見た。
「突撃」の一言で勇敢な人ほど死んでいった。
自分は卑怯未練で生き残った。
そのことへの後ろめたさを心に抱いて、今も生きている。

この体験を基に、私は日々の生活必需品が安心して買える社会を
つくることを戦死した人々に誓った。
それを途中で投げ出すわけにはいかない。


ダイエーは、この戦争体験を基に、
生活必需品を安く安心して買える社会をつくることを戦死した仲間に
誓って始めたビジネスだったのです。

だから、命がけで取り組む戦争だったのです。

その中内氏は、
日本で最初に自らを「CEO」、
すなわち最高経営責任者と名乗った経営者です。

中内氏はこう言います。

社長や部長といった『長』と呼ばれる人間になっても、
そんなもんはどこにでもおる。
石を投げたら大体『長』の名刺を持っとる奴に当たるもんや。

むしろ『者』の付く人間にならなあかん。
芸者、役者、経営者、学者、みんな誰でもなれるもんやない。
芸者でも役者でも、お座敷や舞台にお呼びがかからんようになったら引退や。
経営者も一緒やで。体張ってやってるから魅力的なんや。




者と付く人は、プロです。

プロとは、

一つの仕事について精通して、極めた人であり、
その道で一流になろうしている人
です。

私たち営業の世界で言えば、「者」と付く人になるとは、
商談者になることです。

中内氏のように、執念を持って、
商談のプロを極める姿勢を持ちたいものです。


天崎 拝

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消えていくダイエーに思うこと

消えていくダイエーに思うこと

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イオンは傘下のスーパー、ダイエーを来年1月1日付で
完全子会社にすると正式に発表しました。

これにより東証1部のダイエーは12月26日付で上場廃止になり、
ダイエーの屋号もついに消えてゆくこととなります。

戦後の日本に、流通革命を起こした中内功のダイエー帝国が、
完全消滅する。このことは、スーパーマーケットの時代が終わる象徴的出来事です。



西のダイエーに対して、東のイトーヨーカドーは、
なぜ、厳しい中でも今も生き残っているのでしょうか。
ダイエーとヨーカドーの成否を分けたものは何なのでしょう。

ダイエーは、過剰な借り入れをしてでも、土地を所有して店を作り、
ヨーカドーは、逆に建物を賃借して店を作ったところだと言われています。

実際、
中内氏の書いた「わが安売り哲学」で、

店を出すときには必要面積の倍の面積を買い、
店を開店してから余った分を売る。
そうすれば、ダイエー開店後の隣地は商業地として利用価値が上がり、
余剰の土地は大幅に値上がりしているから、膨大な差益が出る


と豪語していました。

つまり、
ダイエーは、デベロッパーを本業にし、
ヨーカドーは、あくまでも小売業としてのビジネスに徹していた
という違いだというのが定説であり、それは事実なのでしょう。

しかし、もう一つ大きな違いがあると思います。

ダイエーは、どんどん新たな地域に新店を作ることを最優先にしていました。
大型店舗を出して売上が上がると、そこから上がる利益を次々に新たな地域に
投下して進出していくことを続けたのです。

1990年ごろまで、驚異的な出店ラッシュが続きますが、
一方で、既存店は、どんどん老朽化し、時代遅れになり、
かつての一番店は、他社に顧客をとられ、結果、赤字に転落した訳です。

ダイエーの経営再建にあたって、赤字店の閉鎖が最大の問題になっていましたが、
そのほとんどすべてが一度つかんだ顧客を他社に奪われ、
マーケットを守り抜けなかった店舗でした。

イトーヨーカドーは、その真逆をやっていました。
ヨーカドーは、一度掴んだ顧客を徹底的に守り抜く執念があります。

例えば、足立区の亀有をターゲットにして、
イトーヨーカドーは、4回もスクラップ&ビルドを繰り返して、
最先端の大型店に変え続けました。
一度店を出して、いいマーケットだと判断した地域は、
絶対に手放さず、地域を永遠に自社の商圏として確保しようとする
地域一番店への執念があるのです。

『目先の利益』を追わず、短期の利益を犠牲にしても長期の利益を求める
という堅実な経営であり、スクラップ・アンド・ビルドを続けながら
増益を続けることのできる体質をつくった
のが、本当の勝因なのです。

既存顧客を深掘りするところが、ユニクロのチェーンストアをやめて
個性的な店づくりをして、地域一番店を目指すという、
農耕型経営への戦略転換とよく似ています。

私たちも、新規開拓を続けて既存顧客を増やし、
中長期的に既存顧客を耕していく、狩猟型経営と農耕型経営の合わせ技で、
成長していける組織づくりが必要のなるのはないでしょうか。


天崎 拝

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