プロの学校

なんでもできる平均人(ジェネラリスト)より、これが強みだというプロフェッショナルを目指せ! プロの自分をつくる極意を伝授。 成長を続けるための「心・技・体」入門。

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高倉健さんの最期のメッセージ

高倉健さんの最期のメッセージ


昨年11月に昭和を代表する俳優高倉健さん、
菅原文太さんが亡くなった。

それぞれ、ヤクザや任侠の世界を描く映画からスタートして、
男の生き方を見せる俳優に変わっていった。

2015022221160056f.jpg


その高倉健さんが、自身の戦後と映画人生を
振り返った手記を亡くなる直前に完成させ、
亡くなったその日に出版社に届いた。

「最期の手記」として、「文芸春秋」新年号に掲載された。

戦後70年企画の依頼に応じ、
原稿が完成したのは東京都内の病院に入院中のベッドの上で、
これが本当に最後の仕事になった。

手記は原稿用紙16枚分。
終戦を迎えて「人生が変わる一瞬。諸行無常」という書き出しで始まり、
初めて味わった終戦の経験から始まり、
これまであまり語らなかった映画現場での
苦労話なども書かれているらしい。

例えば、「網走番外地」シリーズなどが大ヒットして、
異常な忙しさの中で、精神的にも肉体的にも限界だった高倉さんが、
撮影所を一人で抜け出してしまったり、
八甲田山という映画での故森谷監督との出会いが、
自分を変えたということも書かれているらしい。

高倉健氏は、熱心な仏教徒だったと知られているが、
この手記の最後に、比叡山「大阿闍梨(あじゃり)」の
故酒井雄哉さんから贈られた言葉で終わっている。

酒井雄哉氏は、
比叡山延暦寺の千日回峰行を2度実行した行者として知られる。
大峯山の頂上の本堂まで高さ1300m、
往復48キロの山道を1000日間、
1日も休まず歩き続けるという行である。

山を歩く期間は5月から5ヶ月で、約9年かかる。
これを達成した僧侶は、1300年で2人だけ。
これを2回やったのは、酒井氏のみ。

「南極物語」の出演を迷っていた時に、
その酒井大阿闍梨から頂いた言葉。

「往く道は精進にして、忍びて終わり、悔いなし」

この言葉が、僕に一つの道を示し続けて下さっていると
手記は締めくくられている。
死を前にした静かな心境が伝わってくる。
一つ事をなした人の終わり方には、メッセージがある。

人はいつ亡くなるかわからない。
だから、いつでも今日が最後の1日であった時に、
悔いなしと言えるかどうか、
そういう生き方をすべきということだろう。

今を生き抜けというメッセージに聞こえる。

天崎 拝

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| プロフェッショナルとして生きる:人生観 | 08:30 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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大義なき選挙の行方

大義なき総選挙の行方


衆院解散が決まり、今日選挙の投票案内が来た。
安倍首相は消費税引き上げを先延ばしして、
国民の声を聞くと言う。

20141206204846530.jpg

しかし、野党も同じような考えであり、
与野党間の争点のない選挙になる。

とはいえ、
一応の争点になりそうなのは、
7ー9月期のGDPが、年率マイナス1.6%と発表され、
景気は足踏み状態となっており、
海外ではリセッション、
景気後退と報道されていることに対して、
安倍首相が「景気条項を撤廃し、
2017年4月から必ず消費税10%に引き上げる」と宣言し、
「2017年まで続投する」という長期政権宣言をしたことだ。

「与党で過半数を維持できなければ退陣する」
と述べているが、今より87議席減らない限り、
過半数は割らない。

また、自民党への支持率は22.3%で、
安倍内閣が発足以来最低となっているが、
民主党や維新の会などはもっと落ち込んでいるので、
野党と逆転することはまずありえない。

ただし、
議席減を最低限に抑えない限り、
安定的な政権運営は難しいので、
そんなリスクを冒してでも選挙に打って出るのは、
野党側に力がないことを確信しているからだ。
消費税以外は触れられていないが、
対中国の国防や原発再稼働など、
争点になるべき課題も多い。

過去の解散総選挙は、必ず風が吹いていた。

前回は、みんなの党、維新の会の大阪都構想の風。
その前は、民主党との政権交代という風。
小泉さんの自民党をぶっ壊すという郵政民営化の風、
もっと前は、社会党の土井たか子さんのマドンナ旋風などで、
大きく流れが変わってきた。

今回は無風選挙で、
「大義」がなくても「大敗」することはないという状態。

だから、
本当の意味で、国民の民意が問われる選挙になる。

私たちもそれぞれ、真剣にこの国の将来を
考える必要があるのではないか。

天崎 拝

| プロフェッショナルとして生きる:人生観 | 12:08 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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高倉健というプロフェッショナルの生き様

高倉健というプロフェッショナルの生き様

映画俳優の高倉健さんが、
悪性リンパ腫で亡くなった。83歳だった。

201412062355154f0.jpg


安倍首相が、高倉健さんに国民栄誉賞を授与するらしい。
不器用で、武骨で人間味あふれる男の生き様を
スクリーンやテレビで見せ続けた役者だ。

ちなみに、出演映画数は、205本。
東映に入社し、「日本侠客伝」「網走番外地」などの
任侠映画シリーズでクールなやくざ役を演じトップ俳優となった。
「死んでもらいます」のセリフは流行語になった。

東映とぶつかって独立し、完全に路線変更して、
「幸福の黄色いハンカチ」で不器用な生き方しかできない
刑務所帰りの男を演じ、主演男優賞を受賞。

俳優としてのプロ魂を感じるエピソードとして、
幸福の黄色いハンカチで、刑期を終え出所した直後の食堂で、
ビールを深く味わうように飲み干した後、
ラーメンとカツ丼を食べるシーンがあるが、
本当においしそうに食べる。
一発でOKになり、あまりにも見事だったので、
山田洋次監督が尋ねると

この撮影の為に2日間何も食べませんでした。

と言ったという。
まさに一つの演技にかける役づくりはプロフェッショナルだ。

201412070004317e4.jpg


また、ラストのたくさんの黄色いハンカチが旗のように
ひるがえっているのを見て、映画初出演の武田鉄矢が泣くシーンで、
1週間毎日ハンカチを見ているうちに涙が全く出なくなった。
それに気づいて、撮影の直前に高倉健さんが小さい声で、

長い間世話になったな。東京に帰っても体に気をつけて、
しっかり生活するんだぞ。楽しかったぜ。

と言ってくれたので、思わず号泣して、
そのシーンもOKになったそうだ。

これもプロとしての気遣いだろう。
役づくりを徹底研究しているからできることだ。

そして、誰に対しても礼儀正しく、
真摯な態度で接する。照明や小道具の人まで、
スタッフ全員に気を配る。
ある撮影現場で、スタッフの一人に「妻が大ファンで……」
といわれた健さんは、彼の家を突然訪問し、
スタッフの妻に「高倉です」と会いに行くほど
心憎い気配りをする人だった。

高倉健さんはこう言う。

俳優は「生き方」が芝居ににじみ出るものだ。
ふだんどんな生活をしているか、
どんな人とつきあっているか、
何に感動し何に感謝をしているか。
そういう個人の生き方が、そのまま芝居に出る。



ぽっぽや、あなたへなど、
これまでの彼の作品の多くは、
まっすぐに生きる不器用な男。

まさにそれが、高倉健の生き様そのものだということだ。

これは、私たちも同じではないか。
普段の生き方が仕事に出るのかもしれない。

天崎 拝


| プロフェッショナルとして生きる:人生観 | 08:24 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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良き人生を歩む

良き人生を歩む



毎週、我が師匠、
多摩大学院教授、田坂広志氏から、
風の便りというショートメッセージを
頂いております。

非常に短いメッセージの中に、
深い意味が込められており、
自分の仕事や生き方と
照らし合わせて、
その意味を考えています。


今回のテーマは、

走馬灯の最後

です。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 大学時代、ある友人が岩登りをしていたとき、
 危険な岩場で、滑落事故に遭いました。

 仲間の見ている前で、足を滑らせ、
 岩の斜面を、谷底に向かって滑り始めたとき、
 誰もが、命を失う事故になると、
固唾を呑みました。

 しかし、その一瞬、
 その友人は、小さな茂みに引っかかり、
 九死に一生を得て、命拾いをしたのです。

 その友人が、その滑落の瞬間を回想し、
 話してくれました。


  あれは、本当だった。
  もう命が無い、と思った瞬間、
  人生の様々な場面が、一瞬にして甦り、
  頭の中を、走馬灯のように駆け巡っていった。


 この彼の話を思い起こすとき、
 一つの問いが、心に浮かびます。


 もし、そのとき、生きて帰らず、
 その走馬灯が、最後まで駆け巡って
いったならば、
 我々は、そこに、
 何を見るのだろうか。


 もしかすると、その走馬灯の最後に、
 我々の心には、
 一つの声が、
 聞こえてくるのかもしれません。


  良き人生であったか。


 その声が、
 聞こえてくるのかもしれません。


 田坂広志

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー



人生の最期の瞬間に
走馬灯が駆け巡るように、
人は人生を振り返ると言います。

それは、まるで
自分が主人公の短編映画
を見るようなものです。

そして、
その映画の最期に、
ジ・エンドのマークが出た時、

私の人生は、
色々とあったけれど、
楽しかった、有意義だった、
価値あるものだった…

もう一度、
生まれ変わっても、
同じ人生を生きたい…

そう思える人生を
歩んでいきたいと思います。


天崎 拝

| プロフェッショナルとして生きる:人生観 | 12:30 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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正しい反省、内省

内省不疚、正しい反省をせよ



【今日出逢った素敵な言葉】


誰でもそうやけど、

反省する人はきっと成功するな。

本当に正しく反省する。

そうすると次に何をすべきか、

何をしたらいかんかということがきちんとわかるからな。


松下幸之助(パナソニック創業者)




論語に、内省不疚という言葉があります。

内省不疚夫何憂何懼」ということばの一節です。

内(うち)に省(かえり)みて
疚(やまし)からざれば、それ何を憂(うれ)え
何を懼(おそ)れん
、と読みます。

心にやましいことがなければ、
憂えることも懼れることもない。

すなわち、
常に自分の心に清廉潔白であれということです。

松下幸之助氏の正しい反省とは、
このような心の置きどころをいう
のではないでしょうか。

年の瀬に己を省みたいものです。

天崎 拝


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利他で生きたい


利他で生きたい



世の中の役に立ちたい、
人のためになりたい、
と私たちは考えて仕事をし、
また、日々の生活を送っています。

人のために、社会のためにと考えるのは、
利他の心です。

仏教の世界で、
修行に、自利行と利他行があります。

自利行とは、
文字通り自分のための行で上座部、
すなわち小乗仏教のしゅぎょうです。

一方、
利他行というのは自分が救われるよりも、
まず他者を助ける行で、
大乗仏教の修行です。 

しかし、
この利他の心は、
東洋思想の世界だけにあるわけではありません。

ダン・クラーク氏の「こころのチキンスープ」に
こんな話があります。


「サーカス」


私がまだ十代の頃の事です。
サーカスの入場券を買うために、
父と私は長い列に並んで順番を待っていました。
ようやく、私達の前にいるのはあと一家族だけとなりました。

私はその家族に強く心を引かれました。
とても印象的だったのです。

その家族には子供が8人もいて、
一番上で12歳くらいにしか見えません。

あまり裕福そうではなく、
着ている服も上等とは言えませんが、
きれいに洗濯されています。

そして、行儀良く手をつないで、
両親の後ろにきちんと2列に並んでいました。

期待に胸をはずませた子供達は、
ピエロの事、象のこと、そして
今から見るいろいろな演技のことを
うれしそうに話していました。

どうやら、
サーカスをみるのはこれが初めてのようです。
子供達にとって、今日のサーカスは
生涯残る素晴しい思い出となるでしょう。

子供達の前には、
両親がとても誇らし気に立っていました。
夫の手をしっかりと握った妻は、
夫を見上げるように見つめ、
夫も妻を暖かい微笑みで返していました。

売り場の女性が入場券の枚数をたずねました。
父親は胸をはって、答えます。
「子供八枚と大人2枚下さい。
これで家族にサーカスを見せてやれます。」

入場券の合計金額が告げられました 。
すると、妻は夫の手を離し、
黙ってうつむいてしまいました。
夫の唇も震えています。


「いくらですって?」
売り場の女性は、もう一度答えました。
その父親には、それだけのお金がなかったのです。

サーカスを見るのにお金がたりないということを、
後ろの8人の子供に、どうやって告げられましょうか。

事のなりゆきを見ていた私の父は、
ズボンのポケットに手を入れました。

そして20ドル札を取り出し、
何気なく落としました。

父は腰をかがめ、そのお札を拾い上げ、
その男の肩を軽くたたきました。

「失礼ですが、ポケットからこれが落ちましたよ。」

その男は、私の父が何をしようとしているのが、
すぐに察しました。
彼は人からほどこしを受けるような人ではありませんでした。
しかし、そのときは恥ずかしさと落胆から、
途方にくれていたのでしょう。

その助けを心から感謝して受け取ったのです。

20ドル札を差し出す父の手を両手でかたく握りしめ、
その目をじっと見つめました。
くちびるは震え、ほおには涙が伝わり落ちています。

「ありがとう、ありがとうございます。これで助かります。」

父と私は車に戻ると、そのまま家に帰りました。

その晩、私達はサーカスを見ることができませんでした。
でも、それで良かったのです。


寒い冬に、
心の温まる思いがしませんか。

来年もいい年でありますように…。

天崎 拝




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今を生き切るということ


今を生き切るということ


究極の質問。

もし今日が人生最後の日だったら、
あなたは、何か後悔が残りますか?
それはどのようなものでしょうか?


こんな質問を受けたら、
皆さんはどう答えるのだろうか。

実際に、
人生最後の時を過ごす患者さんのケアに携わった、
オーストラリアのブローニー女史によれば、
死が直前に迫る時、
人は走馬灯のように、
人生を振り返るのだそうだ。
その結果、後悔することも実際に多くあるらしい。

そういった人々が口にした後悔の言葉は、
次の5つだった。
 

1. 自分自身に忠実に生きれば良かった


他人に望まれるように、ではなく、
もっと自分らしく生きれば良かったと思う。
実は、これがもっとも多いらしい。

人生の終わりに、
自分らしく生きたかったと思う。

もっとこうしておけばよかった、
という気持ちを抱えたまま、
世を去らなければならないことは、
本当に無念である。
 

2. あんなに一生懸命働かなくても良かった


男性の多くがこの後悔をするらしい。
仕事に時間を費やしすぎず、
もっと家族と一緒に過ごせば良かったと思うのだろう。
確かに、今の自分にも心に刺さる言葉だ。



3. もっと自分の気持ちを表す
勇気を持てば良かった



周囲とうまくやっていくために、
感情を殺して言いたいことを我慢して、
可もなく不可もない存在で終わってしまった、
というのも悔いが残るに違いない。
 

4. 友人関係を続けていれば良かった


人生最後の数週間に、
人は友人の本当のありがたさに気がつくのだろうか。
そう考えると何年も連絡が途絶えてしまった同級生、
なかなか会えない友人にも、今のうちに会っておくべき
なのかもしれない。
 

5. 自分をもっと幸せにしてあげればよかった


幸せは自分で選ぶものの結果である。
そう考えると、もっと選択できる道があるのかもしれない。
また、変化を恐れ選択することを避けていると
最期に悔いを抱えたまま世を去ることに
なるのかもしれない。

いずれも、私たちに起こりうる後悔ではないか。

であるならば、
こういった後悔をせずに生きるには、
どうしたら良いのか。

それは、
今を生き切ることだろう。

毎日、毎日を全力で生き切ることだ。

そして、
眠りにつく時、
明日目が覚めなかったとしたら
後悔はない一日だったのかと
振り返るべきだろう。

その時に、
こう問いかけるべきである。

今日一日、

自分の信条に忠実に生きたか。

仕事だけでなく、家族との時間を大切にしたか。

自分の気持ちを素直にあらわしたか。

友人と連絡をとったか。

自分を幸せに出来たのか。


全てがイエスならば、
人生を生き切った一日だったのだろう。

天崎 拝


【今日出逢った素敵な言葉】

もし今日が人生最後の日だったら、

あなたは、何か後悔が残りますか?

それはどのようなものでしょうか?





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良き友、良き師との出会い


良き友、良き師との出会い


人間はできるだけ早くから、

良き師、良き友を持ち、

良き書を読み、

ひそかに自ら省み、

自ら修めることである。

人生は心がけと努力である。


 安岡正篤




この頃、つくづく思うことは、
良き師、良き友は、
人生の宝である
と言うことだ。

振り返れば、
大学で素晴らしい師と出会い、
マーケティングを学び、
それを生かすべく、
マーケティングに力を入れている
メーカーに就職した。

そして、
その会社で支店に配属となり、
初めて出会った
厳しいマネージャーも、
また良き師であった。

仕事に取り組む姿勢を学んだ。

更に、本社に移り、
プロジェクトを担当して、
多くの素晴らしい友と出会った。

彼らは今、その会社の経営者となっている。

そのプロジェクトで、
経営コンサルタントと出会い、
また新たな友を得た。

彼は、逆に私との仕事で刺激を受け、
メーカーに転じ、
今も、外資系企業を渡り歩いている。

私も、彼の刺激を受けて、
外資系企業に転じ、
多くの友を得た。

そして、
大学院に進学し、
人生の師を得ることになる。
また、多くの友も出来た。

それぞれが、
自分の道を極めようとしている。

この師と友との出会いが、
その時々に、
自らを省みるきっかけをつくってくれた。

良き書を読むことも、
大切なことだが、
それを著した人を師とし、
友とすることも、
それ以上に多くの学びを
与えてくれる。


人生は、最後まで修行であると思う。
終わりなき修行の旅を行くには、
やはり、
師とともが必要なのだと思う。

天崎 拝



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人生は、2:8のバランスで

人生は、2:8のバランスで。



ビジネスの世界で、2:8の法則というものがあります。

イタリアの経済学者、パレートの説で、
パレートの法則と言います。

経済において、
全体の数値の80%は、全体を構成するうちの
20%の要素が、生み出しているという考え方です。

例えば、営業マンが100人いると
だいたい上位20人が、
全体の売り上げの80%をつくっているので、
その20人にプロモーションすると
業績が上がります。

また、
私たちの仕事の中で、
今やるべき仕事を10個書き出してみます。
それに、重要度を付けて、番号をふり、
上から順に、2ー3個の重要だと考える仕事を
今日仕上げれば、
実は自分の仕事の7-8割は完了している
ということもあります。

これは、
経営コンサルタントのアイビー・リーが、
米国最大の鉄鋼会社を経営するチャールズ・シュワブに
「会社の能率を50%以上改善できる方法」として提案し、
25000ドルを受け取ったという、
有名なアイビーリーの25000ドルの提案です。

要は、
今日やることを決め、優先順位を付けて、
それを上からやっていくというシンプルなことを
継続し続けることが大事だと言うことです。

これは、
ビジネスでよく使われるルールですが、
頑張らずにぐんぐん幸運を引き寄せる法を進めている、
スピリチュアルコーチングの鈴木真奈美さんが、
人生にも、同じことが言えると言っています。

鈴木真奈美さんのブログ



8割は、自分を大切にし、
幸せをいっぱい感じること(自己肯定感)
2割は、誰かを喜ばせ、幸せにすること(利他幸福感)

その2割をやってると、
自然と8割の部分が増えていく。

でも、親切にした分のお返しは、直接受け取らない。
巡り巡って、形を変えて必ず、あなたのもとへ帰ってくる。

だから、親切のエネルギーは、
惜しみなく周りに放っていきましょう。

相手がお返ししてくれなくても、
あなたはジャッジする必要はないのです。

 

人のために、何かをし続けると言うのは、
決してたやすいことではありません。

鈴木さんは、
それに2割を注ぎなさいと言います。
8割は自分事、2割は他人事に当てる。
2割であれば、出来そうな気持ちになります。

鈴木さんは、こう言います。

運のいい人とは、
「いいことしか起こらない人」ではなく、
「起きたことから学び、未来に活かしていく人」です。

大事なのは、「できるかどうか」ではなく、
「やりたいかどうか」です。


確かに、その通りです。
全ては自分の意思次第。

今日から、「2割は、人のために」を
意識して実行したいと思います。

鈴木真奈美さん、
学びを有難うございました。

天崎 拝



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鈴木 真奈美

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人は、何歳でもやり直しできる。

状況は変わらなくても、

自分は変われる。

人は何歳でもやり直しができる。

医師、作家、川渕圭一氏


川渕氏は、
2浪して東大工学部を卒業後、
パチプロ、サラリーマン、そして引きこもりから医師へ。  
普通では考えられない、人生を歩んできました。

その川渕氏の自伝的小説が、
テレビドラマ「37歳で医者になった僕」
になりました。

川渕氏は、
大学3年の春に、学会で上京していたお父様に
夕食に誘われました。
医学部教授で自信に溢れるお父様と
川渕氏とは正反対の性格。

渋々宿泊先に行くと、
意外な言葉をかけられたそうです。

「あなたは、優しい人なんだから、
    そのままでいいんだよ。」

しかし、
それが最後の言葉になってしまいました。

宿泊先は、ホテルニュージャパン。
その数時間後に、火災に見舞われ、
お父様は帰らぬ人となりました。

非常にショッキングな出来事で、
心がボキリと折れてしまった川渕氏は、
大学院に進んでも、学校には通わず、
パチンコ台に向かう毎日でした。

大学院を中退して勤めた商社、外資系企業も
長続きせず、29歳の時に、
丸一年引きこもり状態になったそうです。

その際にかかった精神科医が、
非常に一方的で、高圧的でした。

それを反面教師と見て、
挫折も辛さも経験した自分なら、
もっと患者さんの立場に立つことができると、
これまで意識的に距離を置いてきた
お父様の仕事であった医業と向き合いました。

そして、一念発起して、
31歳で京都大学の医学部に入学し、
お父様の言う通り、
ゆっくりと進んで行きました。

川渕氏は言います。

蝶は、サナギの時があってこそ、
羽ばたける。
人生決めつけたら、つまらない。

川渕氏は、検診医を続けながら、
作家として、自身の経験を小説に
書き上げました。

それが、

「37歳で医者になった僕、研修医純情物語」

です。

この小説が、草薙剛主演で
同名のTVドラマとなっています。

37歳で医者になった僕

その中で、
主人公の紺野祐太は、こう言います。

状況は変わらなくても、
自分は変われる。



私も改めて、
自分の人生について
考えてみたいと思います。


天崎 拝



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川渕 圭一

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