プロの学校

なんでもできる平均人(ジェネラリスト)より、これが強みだというプロフェッショナルを目指せ! プロの自分をつくる極意を伝授。 成長を続けるための「心・技・体」入門。

2010年12月 | ARCHIVE-SELECT | 2011年02月

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命の使いみち

使命とは、命の使いみち。

もし、明日死ぬとわかったら、

この命をどう使うのか。




使命とは、読んで字の如く、命の使いみちです。
何のために生まれ、何のために生きているのかと
自分自身に問い掛けると色々な答えが浮かんできます。

例えば、自分のため、家族の幸せためという利己の思いもあります。
また、同時に何か、世のため、人のために役に立ちたいという、
利他の思いもあります。どれも正解であろうと思います。

しかし、これをさらに突き詰めて考えると、
こういう問いになります。

『もし、あなたが「明日、死ぬ」と宣告されたら、
今日という一日を、どのように生きるのでしょうか?』

明日はない。
もし、そうだとしたら、一体何に、この命を使うのか?

これこそ究極の命の使いみちです。

しかし、今晩眠りについて、明日の朝には二度と起きることが
なくなるだろうなどと、考えている人はいません。

それは、自分では決められないことであり、
現実に起こりうることです。

私たちは明日のことはどうなるかわからないのです。
そう考えると、人間はいつかは亡くなるわけで、
それが明日なのかもしれないのです。

そうであれば、この限られた時間の中で、
本当に時間を大切に、出会いを大切にし、
いかに全力で生きるかということをもっと考える
必要があるのではないでしょうか。

孔子は、 『朝に道を聞かば、夕べに死すとも可なり。』

と言っていますが、日々自分自身と向き合って、
今日一日をどう生きるか、どう働くかと覚悟を決めて過ごさなければ、
このような心境には決して到達することは出来ないと思います。

何のために、誰のために、この一日、この命を使えばよいのだろうか。

それを常に問いかけながら、
目の前の仕事に取り組み続けることから、
私たちは、自分の使命というものが、見出せるのかも知れません。

そして、一日が終わり、眠りにつく時に、

今日、自分は、二度と戻らぬこの一日を、
精一杯に生き抜いたのだろうか。

と問いかけた時に、

確かに、精一杯生き抜いた。

と言えるような生き方が出来れば、
本当に大切な命を上手に使い、
幸せな一日を過ごしたのだと思うのです。


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| プロフェッショナルの心:仕事観 | 22:24 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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使命感 命の使い途

黄金律『自分が相手にして欲しい

と思うことを相手にもしなさい』




私の周りで働いている仲間たちは、皆他社からの転職組で、
その動機や目的は様々ですが、共通することがあります。

それは、具体的な形で人のために役立ちたい、
世の中に貢献したいという気持ちを強く持っていることです。

私たちの『生命保険』というビジネスは、
残念ながら一般的にあまり歓迎されない職業のひとつとなっています。
これは世界共通であるというのが、私の印象です。

おそらく、このビジネスに携わっている人の印象やイメージが良くないこと、
保険は人の生死に関わるビジネスであるからだと思います。

本来、人間は自分の得にならないものにお金はかけたくない
という修正があるそうです。確かに、預金、投信などの金融商品は、
必ず利益が自分に返ってきます。

しかし、保険だけは、身銭をきっても最後は自分以外の人に
利益が行ってしまう商品です。
それも一般に、住宅の次に高い買い物と言われています。

ではなぜ、自分の得にならないものに、人は投資を出来るのでしょうか。

それは、保険という商品が家族への愛情の証であるからだと考えています。
私はこのビジネスの本質は、家族への愛、人間への愛が原点にある
ヒューマンビジネスであると確信しています。

そして人類の英知によって生まれた社会的なセーフティーネットのシステムであり、
世の中に必要不可欠な存在であるという自信があります。

ただ残念なのは、多くの同業他社が、そのようには考えていない
という現実があることです。

この仕事について十六年になりますが、
三名のお客様がお亡くなりになりました。

そのような訃報をお聞きするたびに、必ずお客様の契約を確認し、
ご契約当時に、お客様とお話をした内容を反芻しています。

私は、ご提案する時に常にこだわってきたことがあります。
それは、そのお客様を『自分の家族と同じであると考えて、
万が一の時に必ず守るという確信を持っているか』ということです。

セールスマンとして考えれば、
どんな内容でも1件は1件ということになりますが、
そのご家族にとってはご主人に代わる重要な1件であるからです。

現実にお亡くなりになったお客様のご家族は、
大切な大黒柱は失ってしまいましたが、
これまでの生活をなんら変えることなく、生計を営まれています。

『生命保険は、人生最後のラブレターである』
と今は亡き創業社長が言っていました。

まさに、保険証券という1枚の紙には、
ご家族への思いが込められているということでしょう。

ですから単なる金融商品ではなく、
万が一のときに家族を守る魔法の力があると本気で信じているわけです。

これは、私だけでなく、この会社に働く全ての仲間が
共通して持っている確信であり、ご契約という出会いから、
最後の保険金のお届けまで、一生涯お客様と共に伴走する覚悟をしています。

万が一の時に、愛するご家族をお守りすること、
それが我々の使命であると考えています。

私たちは、聖人君子の集まりではありませんが、
私たち自身にも、大切な家族があり、必ず守りたいと考えています。

『自分がして欲しいと思うことを相手にもしなさい』

という先人の黄金律を実践することが重要なのだと思います。

保険契約には約款があり、契約を100%履行すると言う約款上の規定、
つまり保障があるわけです。

しかし、約款にない私たち一人ひとりとお客様との約束もあります。
それは、『これからの人生を伴走します。そして万が一の時には、
必ずご家族をお守りします』という約束であり、約款には掲載されていない保証です。

このふたつの『ほしょう』、保障と保証が、
私たちの使命であると信じています。



| プロフェッショナルの心:使命観 | 18:44 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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プロフェッショナルの心技体

心技体。それは、プロに必要な三つの力。

今の自分、これからの自分を

『心技体』で見つめること。





日本には、昔から、たくさんの『道』と呼ばれるものがあります。

柔道、剣道、合気道、弓道などの武道。華道、茶道、書道、香道、
能や狂言、歌舞伎などの芸術の道もあります。

これらの『道』を極めることも、心技体につながっています。
また、プロスポーツの世界でも『心技体』ということがよく言われます。

そもそも『心技体』というのは、いつから言われるようになったのでしょう。
調べてみると一九五三年、柔道家の道長伯氏が、
来日したフランス柔道連盟会長の「柔道とはいったい何か」との問いに、

「柔道の最終的な目的は心技体の錬成であり、
 それによって立派な人間になることである。
 技術を習得するには強靭な精神力が必要である。
 苦しさに耐えて修行を続行しなければならない。」
 

 と答えたことが初めだそうです。

さらに、その元になるのが、柔道の父、
嘉納治五郎氏の『柔術独習書』に、
柔術の目的として

 一、身体の発育(=体)、
 二、勝負術の鍛錬(=技)、
 三、精神の修養(=心) 
 

 が起源なのだそうです。

そこには、武士道、武道の精神が根底にあるということがわかります。

また桑田真澄投手が、早稲田大学のスポーツ科学部で書いた論文、
『野球道の再定義による日本野球界の更なる発展策に関する研究』を読むと、
今後のプロ野球の発展は、『野球道』の再定義が必要であると言っています。

『野球道』の根底にスポーツマンシップを置き、
心技体3つの視点からの変革を考えており、

 練習量の重視から練習の質の重視(Science)へ、
 精神の鍛錬から心の調和(Balance)へ、
 絶対服従から自他の尊重(Respect)への変化である


 としています。

弁証法で著名なドイツ観念哲学者ヘーゲルは、
歴史は螺旋的に発展すると言っていますが、
この心技体というものも時代の変化に応じて、
一段上の高みに進化してゆくものなのかもしれません。

私は、

心』とは、志、精神や心の強さ。
『技』とは、技術やスキル。
『体』とは、身体能力、あるいは取り組みの姿勢


 と考えています。

プロフェッショナルになるためには、
この心技体の三位一体が必要であり、
この心技体が身について初めて一流になれるのだと思います。

スポーツや武道に限らず、セールスやビジネスの世界でよい結果を出し、
成果を挙げるためにも、この心技体の三位一体が必要となります。

これからの時代に必要なビジネスプロフェッショナルの心技体
について考えてみたいと思います。

| プロフェッショナルとは何か | 09:43 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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プロフェッショナルとは何か

『プロとしての成長は、『守破離』の三段階。

自己実現と

自己超越を目指すこと。





プロフェッショナルとは何でしょうか。

私は、34歳で外資系の生命保険会社に転職し、
以来16年生命保険業界で働いていますが、
この会社に営業社員として入社すると
フルコミッションの独立事業家となります。

しかし、フルコミッションというだけでプロになった
というわけではありません。
それは、せいぜい十分条件に過ぎません。

私は、プロフェッショナルとは、

ひとつの道を極め、自己実現し、さらに自己超越して、
進化・成長し続けている人。


ではないかと考えています。

初めからプロである人はいないわけで、
それぞれの仕事には、武士道、商人道と同様に、
『道』と言える極めるべきものがあるように思います。
そしてその道を極めるプロセスで自己実現を目指し、
達成感を得ていると考えます。

心理学者、マズローが人間の基本的な欲求を、
生理的欲求、安全の欲求、帰属の欲求、尊敬・承認の欲求、
自己実現の欲求の5段階としたのはあまりにも有名です。
しかし、マズローは晩年、5段階の欲求階層の上に、
さらにもう一つの段階があると発表しています。

それが、「自己超越」 の段階です。

自己超越の欲求とは、自己を超える、超克の欲求で、
マズローによると、人間の本性は本来、自己超越的であり、
健康で心の満たされた人びとは、自己実現を追求するだけでなく、
さらに他の多くの人々のために尽くしたり、
より大きなものと一体になりたいと願う欲求を持つと言っています。

私がこれまで採用してきた仲間たちを見てみると、
彼らがこの仕事で自立するには、少なくとも5~6年の期間が
必要であるように思います。

初めの2年間は研修期間でとにかく、基本を徹底的に学ぶ時期。
仕事の習慣を身に着けることが重要。

その後、2年ほどで自分の仕事のスタイルや方向性を模索する時期。
先輩たちのセールス、仕事、顧客開拓のスタイルをロールモデルに、
自分流のスタイルづくりにチャレンジする。

そして、次の2年で、多くのメンバーは、企業家、経営者、税理士、
弁護士、コンサルタント、医師、資産家などとのつながりを広げていく。
このマーケットや顧客の広がりと共に、プロとして自立してゆくというのが、
ひとつの流れです。

この2年×3期間のステップは、世阿弥、千利休、川上不白のいう
芸を究める修行の道、『守・破・離』の思想 
と共通しています。

千利休が残した茶道の教え。

規矩作法  守り尽くして 破るとも  離るるとても 本ぞ忘るな

『守』

最初の段階で、まず基本を会得する。
できるだけ多くの話を聞き、指導者の行動を見習って、
指導者の価値観をも自分のものにしていきます。

学ぶ人は、すべてを習得できたと感じるまでは、
指導者の指導の通りの行動をします。

『破』

次の段階では、指導者の教えを守るだけではなく、
破る行為をしてみる。

つまり基本が出来たら、自己流に工夫(アレンジ)する。
自分独自に工夫して、指導者の教えになかった方法を試してみる。

『離』

最後の段階では、指導者のもとから離れて、
自分自身で学んだ内容を発展させ、完全な自分独自のスタイルを確立する。

学ぶという言葉の語源は、真似ぶであり、まず先人から学び、
先人を真似することから始め、その繰り返しから自分なりに
スタイルを工夫して作り上げてゆくという、
Basics(守)、Break(破)、Through(離)という流れが、
プロフェッショナルとして自立するための自己超越と
進化・成長のプロセスであると思います。

将棋の羽生善治名人はこう言っています。

三流の人は、人の話を聞かない。

二流の人は、人の話を聞く。

一流の人は、人の話を聞いて実行する。

超一流の人は、人の話を聞いて工夫する。


まさに、プロフェッショナルは、『守・破・離』のステップを踏み、
超一流のプロに向かうのであり、それは、あたかも、蚕が繭を作り上げ、
それを惜しげもなく自らの力で打ち破り、外に出て新生するかの如く、
自己を超越してゆくステップのように見えるのです。

こう考えるとプロフェッショナルへの道に終わりはなく、
進化し、成長を続ける人が、プロフェッショナルであると思うのです。


| プロフェッショナルとは何か | 22:53 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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