プロの学校

なんでもできる平均人(ジェネラリスト)より、これが強みだというプロフェッショナルを目指せ! プロの自分をつくる極意を伝授。 成長を続けるための「心・技・体」入門。

2011年02月 | ARCHIVE-SELECT | 2011年04月

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自分なら、こうすると考える

自分の経験するすべてのことで、

「自分ならこうする」と考えてしまう。



放送作家、脚本家の小山薫堂氏は、
アイデアワークについて、こう言っています。


僕は、眠っているとき意外、
ずっと面白いアイデアについて考えています。

「考えないヒント」とは、
「常に考えていると、考えていないような状態になる
というのが答えです。

自分の経験するすべてのことで、
「自分ならこうする」と考えてしまう。

だからどこへ行っても
自分が社長のような気分で歩いているんです。



小山氏は、常に斬新なアイデアの企画や番組を
打ち出し続けています。

その秘訣は、常に自分の頭で考え続けることです。

特に、どんなことでも「自分ならこうする」と、
目の前にあるもの、出来事をその立場に立って考えることです。

自分ならこうするというテイストをつけること、
自分なりの工夫をする訓練の中から、
新しいアイデアが生まれてくるのでしょう。

日常生活の中で、常にアイデア出しのトレーニングを続けるという、
日々の積み重ねが、考える習慣を作り、
その習慣が驚くような独自の企画につながるのでしょう。

小山氏のいう考えないヒントとは、常に考え続けることを習慣化し、
考えていないような状態、
すなわち自然体になるまで、
自分の頭で考えることを続けてきた結果です。

小山氏にとって考えることが、仕事であり、
それをあたかも呼吸をするかのように無意識化し、
自然体でできるという境地に達していることは、
まさに超一流のプロであると言えます。


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| プロフェッショナルの体:地頭 | 10:43 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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命の使いみち

もし、あなたが「明日、死ぬ」と宣告されたら、

今日という一日を、

どのように生きるのでしょうか?




使命とは、読んで字の如く、命の使いみちです。
何のために生まれ、何のために生きているのかと
自分自身に問い掛けると、色々な答えが浮かんできます。

例えば、自分のため、家族の幸せためという利己の思いもあります。

また、同時に何か、世のため、人のために役に立ちたいという、
利他の思いもあります。

どれも正解であろうと思います。

しかし、これをさらに突き詰めて考えると、
こういう問いになります。


『もし、あなたが「明日、死ぬ」と宣告されたら、
今日という一日を、どのように生きるのでしょうか?』




明日はない。
もし、そうだとしたら、一体何に、この命を使うのか?

これこそ究極の命の使いみちです。

しかし、今晩眠りについて、
明日の朝には二度と起きることがなくなるだろうなどと、
考えている人はいません。


それは、自分では決められないことであり、
今の東北の状況を考えると、
まさにそれが現実に起こってしまったのです。


私たちは明日のことはどうなるかわからないのです。

人間はいつかは亡くなるわけで、
それが明日なのかもしれないのです。

もしそうであれば、この限られた時間の中で、
本当に時間を大切に、出会いを大切にし、
いかに全力で生きるかということを
もっと考える必要があるのではないでしょうか。

孔子は、

『朝に道を聞かば、夕べに死すとも可なり。』


と言っていますが、
日々自分自身と向き合って、
今日一日をどう生きるか、
どう働くかと覚悟を決めて過ごさなければ、
このような心境には決して到達することは出来ないと思います。

何のために、誰のために、
この一日、この命を使えばよいのだろうか。

それを常に問いかけながら、
目の前の仕事に取り組み続けることから、
私たちは、自分の使命というものが、
見出せるのかも知れません。


そして、一日が終わり、眠りにつく時に、

今日、自分は、二度と戻らぬこの一日を、
精一杯に生き抜いたのだろうか。


と問いかけた時に、

確かに、精一杯生き抜いた。

と言えるような生き方が出来れば、
本当に大切な命を上手に使い、
幸せな一日を過ごしたのだと思うのです。


今日、自分の命の使いみちを考えてみませんか。





| プロフェッショナルの心:使命観 | 09:45 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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天命を知る


人生で起こる全ての事は、

必ず良きことに結びついている。





前回に続き、
私の師である、田坂広志氏が、
社会起業大学の名誉学長就任の記念講演の所感を
述べさせて頂きます。


田坂広志氏の講演は、
ソフィアバンク、ラジオステーションで聴くことができます。
襟を正して、是非、お聴き下さい。

http://www.sophiabank.co.jp/audio/japanese/2011/03/post_340/


この講演の最後に田坂氏が語っていたことが、
本当に心に沁み入りました。


人生は大いなるものに導かれている。
人との出会いには、必ず深い意味がある。
人生に起こる出来事には、必ず深い意味がある。

人生で起こる全ての事は、
必ず良きことに結びついている。




今この瞬間、目の前に起こっていることは、
悲しいこと、辛いことであり、
運命や天を疑いたくなるような出来事ばかりです。

しかし、私たちは、何かを学ぶために、
それが起こったのだと考える時、
そこに深い意味があることに気づきます。

その意味を理解した時に、
初めて勇気を持って、
新しい一歩を踏み出すことが
できるのだと思います。

そして、ずっと後になってから、
人生で起こる全ての事は、
必ず良きことに結びついていると
いうことが理解できるのはないでしょうか。

孔子は、「天命を知る」と言いましたが、
私たちの人生が、大いなるものに導かれている
ということに、その意味があるのだと思います。



| プロフェッショナルとして生きる:人生観 | 09:15 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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今、私たちに出来ること

仕事を通じて、

素晴らしい日本を創るという決意を

固めなければならない。

その思いを定めなければならない。
 



私の師である、田坂広志氏が、
社会起業大学の名誉学長に就任されました。

その記念の講演が、ソフィアバンク、
ラジオステーションで聴くことができます。


http://www.sophiabank.co.jp/audio/japanese/2011/03/post_340/



東日本大震災は、なぜ起こったのか。

・・・という問いかけから始まる、田坂氏の講演は、
本当に身の引き締まる思いがします。

TVなどで報道されているように、
行方不明者もまだ1万人以上いらっしゃいますし、
原発の問題も未だ解決していませんので、
復興に向かうのは、まだまだ先になろうかと思います。

また、日本だけでなく、世界各地で、募金、チャリティーなど
の活動が進められています。

そんな中で、私たちが、これから日本の復興のために
できることは何なのかを考えなければなりません。

それは、田坂先生がこの講演で語られたことに尽きると思います。


今、私たちにできること。
それは、
目の前の仕事に、深い使命感を抱き、
高き志を重ね、
心を込めて取り組むこと。

その仕事を通じて、
素晴らしい日本を創るという決意を
固めなければならない。
その思いを定めなければならない。



私も、震災後の様々な対応を準備しつつ、
今、目の前にある仕事を粛々と行ってきました。

今の仕事の先に、
目指すべき使命があるという志を新たにすること。

そしてそれを実現することが、必ず世のため、
人のためになると信じることが、
大切なのだと思います。


| プロフェッショナルの心:仕事観 | 09:12 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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人生において「成長」は約束されている

人生において、

「成功」は約束されていない。

しかし、

「成長」は約束されている



私の人生の師である、田坂広志氏は、
その著書、『成長し続けるための77の言葉』で、
成功と成長について、
次のように述べています。



なぜ、人生において、「成長」が大切なのか。
それは、人生には、一つの真実があるからです。

人生において、「成功」は約束されていない。
しかし 「成長」は約束されている。

いま、世の中に溢れる「成功願望」。
誰もが、その人生において、競争での「勝者」となり、
目標を「達成」し、人生で「成功」することを願っています。

しかし、誰かに人生の真実を見つめるならば、
「勝者」の陰に、必ず「敗者」があり、
「達成」の陰に、必ず「挫折」があり、
「成功」の陰に、必ず「失敗」があります。

けれども、人生において、
誰もが必ず手にすることができるものが、ある。

それが「成長」です。

田坂広志 
『成長し続けるための77の言葉』より




ちまたには、成功本が溢れています。
それらの本が言っていることは、
おそらく、皆正しいことを語っているのだと思います。

しかし、成功本が、100万部売れているとすれば、
100万人の成功者が現れるはずですが、
世の中に、それだけの成功者が溢れているという話は
聞いたことがありません。

なぜならば、成功と言うのは、
あくまでその個人固有の体験であり、
それを本で読んで理解できたとしても、
同じことを実現するのは、非常に難しいからです。

まったく異なる環境下で、生きているわけですから、
そっくり同じことをやったとしても、
二匹目のドジョウは見つからないでしょう。

それに、元々何をもって成功とするか、
という成功の定義そのものも、
人によってまちまちです。

大金持ちになった人の話を、本で読み、
あるいは人から聞いて、それを真似ただけで
大金持ちになれるのなら、
世界中に大金持ちが溢れかえっているでしょう。
しかし、現実は、それほど簡単ではありません。

では、私たちは、何が出来るのでしょうか。
何を目指すべきなのでしょうか。

田坂氏は、

成功は約束されていないが、
成長は誰もが必ず手にすることができる


と言っています。

尊敬する師の言葉、先輩や上司、メンターのアドバイス、
あるいは、読書やセミナーなどから学ぶことは、
すべて自己成長のために非常に大切なことです。

そして、学んだことを日々実践し、
少しずつでも成長してゆくことが、
結果として成功にも着実に近づいていくことになります。

これまで、私たちビジネスマンは、
会社内のライバルや業界他社との競争で
他者を打ち負かして得られるものが、
成功であると教えられてきました。

しかし、田坂氏の言うように、

「勝者」の陰には、必ず「敗者」が生まれ、
何かを「達成」すれば、その陰で、必ず「挫折」があり、
「成功」すれば、その陰に、必ず「失敗」がある


訳です。

これまでのような、競争的な思考だけでは、
結果的にはゼロサムであり、
プラスとマイナス、勝者と敗者が生まれてしまう
ことになるのです。

それでも勝者を目指すと言うのは、
誰かを敗者にする、敗北させるという
犠牲の上での勝利と言うことになります。

自分の利が優先し、エゴだけで生き抜く
弱肉強食の世界となってしまいます。

それでは、私たちが求めている成功とは、
いったい何を目指すべきなのでしょうか。

田坂氏のいう「成長を続ける」ということは、
まず、私たちの立ち位置を変えよ、
ということなのだと思います。

目指すべきは、自分自身の切磋琢磨であり、
己を向上させ、自己成長を目指そう
ということなのです。

自己成長には、上限も、終わりもありません。

また、その結果として、他の誰かのために貢献できること、
世のために役に立つこともできるでしょう。

また、そこに「競争」や「勝者と敗者」
といった概念はなく、
むしろ「共創」であり、
「Win-Win」という結果をもたらすことになるでしょう。


成長を続けたいという思いを持ち、
一日一日を生きること自体が、
私たちに、成功の人生をもたらして
くれるではないかと思うのです。







| プロフェッショナルの心:成功観 | 11:20 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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思考停止に陥らない

何よりも重要なのは、

絶対に「思考停止」に陥らない

ようにすることである。

自分で問題を設定して、

その答えを自分の頭で考えることを

習慣にしなければならない。




世界中どこにいっても、ビジネスに関わる人が
置かれている状況はいくつかに分類できる。

何かに挑戦している人、
壁に突き当たっている人、
好調で浮かれている人、
責任重大な立場にあって迷っている人、
落ち込んでいる人……。

どういう状況にあれ、
自分の力で進んでいくことをあきらめてはいけない。
今は苦しくても、これからはじめることが失敗しても、
自分の頭で考えて行動を起こすという態度を貫いていれば、
答えのない時代の生き方、
道なき道の歩き方も分かってくる。

ジャングルでもオフロードでも全力疾走できるようになる。
何よりも重要なのは、絶対に「思考停止」に陥らない
ようにすることである。
自分で問題を設定して、
その答えを自分の頭で考えることを習慣にしなければならない。

大前研一『洞察力の原点』より




私たちは、目の前に起こる出来事に対して、
どう対処すべきかで常に悩みます。
何が正しい答えなのかを考えて、悩みます。

しかし、世の中に起こる問題に、
完全無欠の絶対的な正解などは存在しません。

それに気づいた時に、無力感から、
考えることをあきらめたり、ストップしてしまうことがあります。

大前氏は、その思考停止に陥るなと警告しています。

どういう状況であっても、自分の力で道を切り拓くこと、
つまり、答えを探すのではなく、
答えは自らつくるものだということです。

自分の頭で考えて考え抜いて、
まずそれを実行してみること。
それが失敗なのか、成功なのか、
そして、その原因がなぜなのかをさらに
考え抜かなければなりません。

思考を止めることなく、
決してあきらめず、妥協せずに突き進んでゆけば、
道は必ず拓けると信じています。



| プロフェッショナルの体:地頭 | 09:46 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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人生の問い




人生の三つの問い。

自分とは何か。

人生とは何か。

自分はどこへ行くのか。



第二の誕生日は自分自身に対して
最初の詩うものを発する日である。

その質問は、第一は、自分とは何か。

第二は、人生とは何か。

第三は、自分はどこへ行くか。

そういう重大な問いを厳然と発する。

問い自分で答えようとすることは、
一生死ぬまでかかって
何事かを為すということだ。

この三つの問いを絶えず自分に
繰り返し繰り返し発しながら、
人生を究めてゆく。


             亀井勝一郎

 


自分とは何か。

人はいつか必ずこのような問いを
自分に投げかけるものです。


第一の問い、自分とは何か。


私も20代に、この問いに悩んだ記憶があります。

何をやっても、何を考えても、誰かのコピーをしている、
真似をしているに過ぎないのではないか。

自分とは何なのか。
オリジナリティー、アイデンティティーとは何なのか。

大学時代に随分悩んだ時期がありました。

その時の結論は、どんなことを考えても、
どんな新しいことを思いついても、
大抵のことは既に誰かが考えているし、
実行しているものだ。

しかし、既に知られている、
実行済みのいくつかのものを
組み合わせて考えるのは、
自分のオリジナルであり、
それが新しさや自分らしさを
生み出すことがある。

だから、同じようなものでも、
真似ではない。

自分らしさは、
そのような組み合わせの中にある
というものでした。


第二の問い、人生とは何か。


戦国時代は、人生50年と言われ、
信長も少し手前の48歳で本能寺の変で世を去りました。

私もがむしゃらに前だけを
向いて生きてきましたが、
今改めて、己の人生とは何かと考えています。

淮南子」原道訓に、

五十にして、四十九年の非を知る

と言う言葉がありますが、
50歳にもなると、自分の生き方は
こんなものだと自身を省みなくなり、
驕りや妥協が生じてしまいがちです。

だからこそ、一度これまでの人生を
振り返る必要があります。

これまでのことを考えれば、
正直、まだまだ直すべきところ、
至らぬところ、間違いをしたこともたくさんあったと、
反省しきりです。

ただ、それらが、悪かった、
マイナスであったとは考えません。

ドラッカーは、その著書「現代の経営」で、


優れた者ほど間違いは多い。

それだけ新しいことを試みるからである。

一度も間違いをしたことのない者、
それも大きな間違いをしたことのない者を
トップレベルの地位に就かせてはならない。



と言っています。

間違いも、失敗も、
そこから学ぶべきことがあり、
その中に価値があるということでしょう。

自己を律して、己を更に向上させよう
とすることが大切だと考えます。

そして、

第三の問い、自分はどこに向かうのか。

登山家は、ひとつの山の頂上を極めると、
その頂から、さらに次の高みを発見すると言います。

今、私の心にある次の高みは、
何か大きなものを達成すると言うことではありません。

もっと身近であるけれども、重要なこと。

自分自身の心の内面を鍛えること、
心の修養であり、家族や周りの人のために
尽くすことであると感じています。

そのために、今この時間を費やしたい
という漠然とした想いがあります。

自分とは何か、人生とは何か、
自分はどこに向かうのか。

答えのない問いを問い続けるのが
人生なのだろうと思います。



| プロフェッショナルとして生きる:人生観 | 13:08 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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使命感を課して挑戦し続ける

使命感を持つ者が、

貴族である



スペインの哲学者、ホセ・オルテガ・イ・ガセト氏は、
著書『大衆の反逆』の中で、こう言っています。


人間についての、もっとも根本的な分類は、
次のように二種の人間に分けることとである。

一つは、自分に多くを要求し、
自分の上に困難と義務を背負いこむ人であり、
他は、自分になんら特別な要求をしない人である。

後者にとって、生きるとは、いかなる瞬間も、
あるがままの存在を続けることであって、
自身を完成しようという努力をしない。
いわば波に漂う浮草である。




オルテガ氏は、人間を大別して、
自分に対して常に厳しい要求をつきつけ、
困難と義務を背負い込む人と、
「あるがままでいい」と考えて何も努力をしない人に
分けられるとして、前者を貴族、後者を大衆と呼んでいます。

己に対して厳しさを持ち、
常に成長を目指して努力してゆくのが
貴い生き方であるということには、共感できます。

そして、貴族が自分に課してゆくものは、
自分以外のものであり、
自分を超える何かへの奉仕であるとしています。

大衆人は、環境に無理強いされるのでなければ、
けっして自分以外のものに目を向けることはないであろう。

これに反し、選ばれた人間、つまり優れた人間は、
自分を超え、自分に優った一つの規範に注目し、
自ら進んでそれに奉仕するという、
やむにやまれぬ必然性を内にもっているのである。


・・・つまり、選ばれたる人(貴族)とは、
自らに多くを求める人であり、
凡俗なる人とは、自らに何も求めず、
自分の現在に満足し、
自分に何の不満も持っていない人である。

彼(貴族)にとっては、自分の生は、
自分を超える何かに奉仕するのでないかぎり、
生としての意味をもたないのである。

したがって彼は、奉仕することを当然のことと考え
圧迫とは感じない。これが規律ある生(高貴なる生)である。
高貴さは、自らに課す要求と義務の多寡によって
計られるものであり、権利によって計られるものではない。




西欧の貴族社会には、伝統的に、
「」ノーブレス・オブリージュ』
すなわち、高貴なる者の責任・義務という
考え方があるといいます。

第一次世界大戦で貴族の子弟に戦死者が多かったのは、
皆この考えで、志願して従軍したからだそうです。

やむにやまれぬ必然性がそこにあると感じ、
自利を捨てて利他に生きることが出来るかどうかが、
人間の高貴さ、高潔さであるということでしょう。

しかし、自分自身のことではなく、他の人のために、
奉仕することが、人生の価値であると考えられる人が
どれだけいるでしょうか。

ガンジー、マザーテレサ、ネルソンマンデラ、キング牧師・・・
確かに、そのような高貴な道を選んで歩んだ人たちも
たくさん存在します。

私たちが、そういった人たちから学ぶべきことは、
『使命感』でしょう。

この世に生を受けた以上、その命には使いみちがあるはずです。

今の仕事で、私たちが、世のため、人のために、
何が出来るのか。

仕事ではなく、普段の生活の中でも、
周囲の人たちに対して、いったい何が出来るのか。

それを考えてゆくこと、そしてそれを意識して
行動してゆくことが、『使命感を持つ』ということなのでしょう。

そして、使命感を持って、日々生きてゆくことが出来るなら、
その人は、貴族の生き方をしていると言えるのだと思います。

大災害に見舞われたこの日本で、
私たちは、ただ浮き草のように、
状況に流されることなく、
今時分に出来ることは何かを考え、

その使命をを己に課して、
挑戦し続けることが
最も大切なのだと思います。


そして、
世界が私たちを見守っています。


http://www.youtube.com/watch?v=-N4sNrnf4l0

http://www.youtube.com/watch?v=in1LrPG2ejY










| プロフェッショナルの心:使命観 | 15:34 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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地図のない旅に出る覚悟



未知の世界を探求する人々は、

地図を持たない旅行者である。

地図は、探求の結果として、

できるのである。




ノーベル物理学賞を受賞した、物理学者 湯川秀樹氏は、
自伝『旅人』で、このように言っています。


未知の世界を探求する人々は、地図を持たない旅行者である。
地図は、探求の結果として、できるのである。
目的地が、どこにあるのか、まだわからない。
もちろん、目的地へ向かっての真っ直ぐな道な出来ていない。
目の前にあるのは、先人があるところまで切り拓いた道だけである。
この道を真っ直ぐに切り拓けば、目的地に到達できるのか、
あるいは途中で、別の方向へ枝道をつけねばならないのか。
・・・回り道をしながら、そしてまた道を切り拓きながら、
とにかく目的地にたどり着くことが困難なのである。


今の東日本は、まさに先の見えない状況にあります。
福島原発も、決死の消火活動をしつつも、
未だ予断を許さぬ状況です。

また、被災地での救援や再建も、
自衛隊はじめ被災者の皆さんの努力にもかかわらず、
交通機関、道路、電気、ガス、水道などの
インフラが復旧しない限り、
思うように再建も進められないのではないかと思います。

また、未だに関東近辺で地震が発生しており、
地震自体も終結したとは言えません。

私たちの今の目的地は、
被災された皆様の安全、安心を確保すること、
これらの災害の影響から立ち直ることであることは、
間違いありません。

しかし、どのように、どんな道を歩んで、
それをなしてゆくかは、未だに明確ではありません。
その意味では、これからの道は、
地図のない旅となるのかもしれません。

そして今、私たちに出来ることは、
地図を待つのではなく、
自ら道を切り拓き、
地図をつくってゆかねばなりません。


その覚悟が、今、私たちに求められているのだと思います。


| プロフェッショナルとは何か | 09:12 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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世のため、人のために、今私たちのできること








普通の人が最高の仕事をするには

どうしたらよいのか。

ドラッカーの関心は、その点にあった。

一言に凝縮すれば、

“世のため人のため”ということだ。



ドラッカー学会代表、上田惇生氏は、こう言っています。

ドラッカーは、利益を目的とすることは誤りだと口を酸っぱくして言う。
利益とは、世のため人のために、
明日もっとよい事業をするための必要条件である。
それは目的や目標よりもきつい条件である。
実現できなければ存続さえ怪しくなるというものである。




ドラッカーや上田氏が言うように、
全ての組織にとっての存在理由、事業目的を
突き詰めてゆくと、
「世のため人のため」であると思います。

そう考えるとこのような状況で直接的に
被災しなかった私たちが、
個人として、あるいは組織として
今すぐに出来る「世のため、人のため」
の活動は、何があるでしょうか。

すぐ出来ることは、義援金を寄付する、
支援物資を送ることでしょう。


そして、この事態で社会、経済が萎縮し、
人々の気持ちが落ち込み、
また現実の企業活動や経済活動が
停滞してしまうことは、
絶対に避けねばなりません。

だから、私たちの出来る最大のことは、
粛々と日々の仕事をこなしてゆくことだと思います。

現在、目の前にある仕事や活動を止めることなく、
さらにビジネスパーソンとして、
プロフェッショナルとしての能力を
より一層高めるよう努めなければなりません。

これから始まる日本の復興のために、
今こそ、最大限の力を蓄えてゆくことが
大切だと考えています。




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