プロの学校

なんでもできる平均人(ジェネラリスト)より、これが強みだというプロフェッショナルを目指せ! プロの自分をつくる極意を伝授。 成長を続けるための「心・技・体」入門。

2013年07月 | ARCHIVE-SELECT | 2013年09月

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吉田松蔭の覚悟の磨き方

吉田松陰の

覚悟の磨き方



今週は、プロフェッショナルの覚悟と
その覚悟の磨き方について書いています。

覚悟を磨いてきたのは、
現代人だけではありません。

100年以上前の日本には、
坂本龍馬、西郷隆盛など幕末の英傑が、
たくさんいます。

その中でも私が尊敬するひとりに、
吉田松陰がいます。

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松下村塾で多くの人材を育てた吉田松陰に
私が惹かれるのは、その行動力です。

彼の行動は、当時の状況を考えると
常軌を逸したものでした。


1853年、黒船来航に衝撃を受け、
松陰は、密航してでも外国で学びたいと決意し、
翌年、ペリーが再来航した折に、
盗んだ小舟で黒船に漕ぎ着け、
そのまま甲板に乗り込み、密航を訴えました。

アメリカ艦隊は、突然の侍の訪問に驚き、
法を犯し、命がけで「学ばせてくれ」と訴える
その覚悟と異常なまでの好奇心に驚愕したことでしょう。

結果、訴えは受け入れられず、
投獄されることになりますが、
松陰は後に、
この事件を振り返り、こう言ったそうです。


今ここで海を渡ることが禁じられているのは、
たかだか江戸の250年の常識に過ぎない。

しかし、この事件は、
日本の今後3000年の歴史にかかわることだ。

くだらない常識に縛られ、
日本が沈むのを傍観することに我慢ならなかった。



松陰のこのような鬼気迫る思いと行動は、
その後、松下村塾で弟子たちに受け継がれ、
結果、「明治維新」という新しい時代の流れを
つくっていきました。

松陰が松下村塾で弟子たちに教えた期間は、
わずか2年半しかありませんでしたが、
その弟子たちの中から、
総理大臣2名、国務大臣7名、
大学の創設者2名を輩出する
という、
おそらく世界でも類を見ない数のエリートを
生み出したのです。

その弟子たちが、松陰から学んだことは、
身を持って示した実行力であったと思います。

松陰は、弟子たちにこう言ったそうです。


私が尊敬するのは、その人の能力ではなく、
生き方であって、知識ではなく、行動だ。

知識は、過去のことであり、
行動は、今これからのことだ。
したがって、行動を起こす前には、
まず知識を疑うことが重要だ。



松陰の常識にとらわれない破天荒な行動は、
まさにイノベーションそのものでした。

しかし、イノベーションは、
常に認められるものではなく、
幾度も投獄を余儀無くされたのでした。
しかし、松陰はこう言います。


鉄は何度も熱い火の中に入れられて、
何度も固い金槌で叩かれて、
はじめて名剣に仕上がる。

すばらしい人生の送り方もこれとよく似ている。
何度もくり返されるきわめて不都合で、
ありがたくない経験の数々が、
旅路を美しく輝かせてくれる。



このように、
松陰は、投獄という試練を人生という旅路の
良き経験と見ることのできる平常心と
感謝の心を持っていたのです。


松陰は、こうも言います。


『なにが得られるか』は後だ。
『自分たちがやる意味』が先にある。

大物を手に入れたいのなら、
目先のものを追いかけてはいけない。

人は『なんのために生きているか』で決まる。

最もつまらないと思うのは、
人との約束を破る人ではなく、
自分との約束を破る人だ。


幕末の混乱の中、
この時代で自分の生きる意味を考え、
そして、覚悟を決めて実行し、
壮絶な人生を生き抜いた
のです。


天崎 拝



◆今日出逢った素敵な言葉◆



何度もくり返される

きわめて不都合で、

ありがたくない経験の数々が、

旅路を美しく輝かせてくれる。


吉田松陰



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プロフェッショナルの覚悟の磨き方

プロフェッショナルの

覚悟の磨き方




前回、
三回目のエベレスト登頂に成功した
三浦雄一郎氏の覚悟について触れました。

それは、
冒険家、植村直己氏の

冒険とは、死を覚悟して、
そして生きて帰ることである。


という言葉とオーバーラップしてきます。

それでは、
なぜ三浦氏は、このような覚悟をすることが
できたのでしょうか。

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三浦氏は、こう言います。

エベレストは七十歳と七十五歳の時に続いて、
三回目の登頂です。
僕自身は最高の宝物を頂上で貰ったと思っています。

要するに人間が夢を見て、
これをどんなことがあっても諦めない。
そしてその夢が頂上で叶ったと。

人類はそれぞれが自分の夢に懸けて、
この人間社会をつくってきたわけですよね。
そのための努力、そして夢に懸ける思いを諦めなかった



つまり、
夢に懸ける思いと努力が、
死をも覚悟させた
のです。


では、
三浦氏は、山頂で何を得たのでしょうか。

三浦氏はこう続けます。


結果とすれば頂上に着きましたが、
そのプロセスが一番大きな宝物だったのかなと




つまり、
今回の登頂に至るまでの長い準備のプロセス、
そして苦しい登頂のプロセス、
それをやり通して頂上に達することができたわけです。

そして、頂上に立った時、
それまでのプロセスが走馬灯のように蘇り、
一つ一つのプロセスが宝物であったと
感じることができたのです。


さらに三浦氏はこう言います。


今回頂上に登ることは一つの目的でしたが、
それを果たして全員が生きて無事に帰ることが
大きな任務でした。

何しろ八十歳ですから、友人たちは出発前、
まず無理をするな、生きて帰れと。

誰も頂上に登れという奴はいなかった。

でも無理をしないと当然頂上には登れないし、
死ぬほど頑張らないと生きて帰れない。



何が何でもやり抜くと覚悟を決め、
死ぬほど頑張り抜いて、一歩一歩目標に向かう、
そのプロセスの中で、
本当の覚悟が定まる
のではないでしょうか。

こうして、覚悟は磨かれていくのでしょう。


天崎 拝




◆今日出逢った素敵な言葉◆

結果とすれば頂上に着きましたが、

そのプロセスが一番大きな宝物だったのかなと。

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08/26のツイートまとめ

HideoAmazaki

言葉は、言霊 http://t.co/ohvAyaPwqx 経営者が未来を語る言葉や、開発者が商品を生み出す言葉。それぞれが新鮮な響きを持って、人に新しい可能性を見せるものでなければならない
08-26 07:28

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プロフェッショナルの覚悟とは何か

プロフェッショナルの覚悟とは何か



夏休みと仕事の多忙さにかまけて、
ご無沙汰しております。
久しぶりに、ブログ更新します。

私の会社で、秋に経営者向けのビジネスセミナーを
予定していますが、そのゲストスピーカーが、
80歳で3度目のエベレスト登頂に成功した、
プロスキーヤーの三浦雄一郎さんと決まりました。

三浦氏は、70歳、75歳、そして最高齢80歳と
高齢にもかかわらず、3度のエベレスト登頂を
成し遂げた冒険家です。

三浦氏は、インタビューにも元気に答えていましたが、
じつは満身創痍だったようで、本来なら、
世界最高峰はおろか、一時は散歩も難しかったのです。

三浦氏は、60代の時に肥満から狭心症となり、
その後に不整脈であることもわかりました。
今回のエベレスト登頂に出発する直前の今年1月に、
不整脈の手術を受けています。

本来なら500メートルの山も自力では登れない
といわれた三浦氏が、エベレスト登頂に成功する
ような強靱な肉体をどう取り戻したのでしょうか。


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三浦氏は、インタビューでこう言っています。


エベレスト登頂ということは、
いくつかある自分の人生の最大の目標の一つでした。

結果として世界最年長記録になり、
モンブランは親子同時滑走ということになりました。

しかしどちらも死ぬ可能性はありますし、
それを承知で行っているわけです。

人間がある限界を越える世界に入っていくというのは、
死を承知の上でなければしないほうがいいし、
死をしっかり見極めて、かつそれを
どう乗り越えていくかということになると思います。



つまり、
三浦氏は、エベレスト登山中に死を迎えることも、
覚悟して登頂したということです。

亡くなった冒険家の植村直己さんが、

冒険とは生きて帰ることである

と言った言葉は有名ですが、
実は一行言葉が抜けているそうです。

本当は、

冒険とは、死を覚悟して、
そして生きて帰ることである。



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と言ったのが正しいそうです。

つまり、
自分の生命の限界を越えてでも、
そこに行く意志と能力を持って
行かなければ、到達することはできない

ということなのです。


三浦氏は、こう続けます。

僕は若い頃から、
四十歳まで生きればいいというような
むちゃくちゃなことをやってきて、
そのたびごとに生きて帰れないかもしれない
ということを、
ずっと繰り返し続けてきました。

ですから、
その辺の覚悟はできていると思うんですが、
七十になって、人間が事を為すに当たって、
単純に言えば命懸けということを
実践できるかどうかということを
試してみたかったんです。



つまり、三浦氏は、
命懸けのチャレンジできるかどうかの
実験を自ら行った
というのです。

そして、
それは、三浦氏が、
お父様の敬三氏から学び取った
覚悟でもありました。
三浦氏はこう続けます。


父、敬三がモンブラン滑走を
終えてからポツリと
「今生の別れのつもりで滑った」と
漏らした言葉には感動しました。


エベレストに出発する一か月前でした。
前からその覚悟は知っていましたけどね。
万が一俺は死んでもしょうがないと。

そういう極限の世界まで入っていける
ということがすごいと思いますし、
そういう覚悟があって
初めて事が成就するんだと思いました。


まさに、
冒険とは、死を覚悟して、
そして生きて帰ること
なのです。

天崎 拝



◆今日出逢った素敵な言葉◆

冒険とは、死を覚悟して

そして、生きて帰ることである。


冒険家、植村直己




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08/23のツイートまとめ

HideoAmazaki

RT @M_KounosukeBOT: 万策尽きたと思うな。自ら断崖絶壁の淵にたて。その時はじめて新たなる風は必ず吹く。
08-23 07:04

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08/04のツイートまとめ

HideoAmazaki

I liked a @YouTube video http://t.co/um0JW0XShG 魔法を使うカストーディアル
08-04 12:05

I liked a @YouTube video http://t.co/W4bebU9VsI カストーディアルキャスト 有名人さん
08-04 12:04

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08/01のツイートまとめ

HideoAmazaki

広告の読み手をスタジアムに集まった群衆であるかのように扱ってはならない。人はあなたのコピーを読むときは個人個人。だから彼ら1人1人に手紙を書いていると考えること。1人の人間として、1人の人間に手紙を書く。この作業は2人称単数である。(デビッド・オグルビー)"⇒広告ってラブレター!
08-01 21:22

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