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なんでもできる平均人(ジェネラリスト)より、これが強みだというプロフェッショナルを目指せ! プロの自分をつくる極意を伝授。 成長を続けるための「心・技・体」入門。

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仏教に学ぶ、プロフェッショナルの心得 4 親鸞


人のいのちは日々に

今日やかぎりとおもい、

時時に只今やおわりとおもうべし。


明日ありと  思ふ心の仇桜

夜半に嵐の  吹かぬものかは

親鸞



仏教学者、宗教家の紀野一義氏は、
大戦中、台湾で米軍爆撃機が投下した
不発弾1752発の処理を行ったそうです。

何の防備もなく、素手で不発弾から信管を外す、
これに失敗すると爆死するという命がけの
作業でした。

自分の命を捨てる覚悟が出来なければ、
やり遂げることが出来ない作業です。

一つひとつの爆弾と向き合い、
心の静寂と集中、そして無心の心境で
信管を一気に外していったそうです。

紀野さんは、そんなギリギリの
命のやり取りを1200回以上も
やり遂げました。

私には到底そんな恐ろしいことはできませんし、
そんな強靭な集中力もありません。

しかし、こんな生死ぎりぎりの経験の中でさえ、
この仕事はご縁であり、
天から与えられた試練であると考え、
そこに恩を感じ、この仕事に感謝をする
という心境であったと言います。


浄土真宗の宗祖、親鸞は「平生業成」
いうことを言っています。

「平生」とは、死後ではなく、
生きている今この時。
「業」とは、人生の大事業、
言わば人生の目的です。
「成」とは、完成する、達成することです。

つまり、
人生には、これを果たすべしという
大事な目的がある。
それは今この時に、
完成できるのだということでしょう。

これが「平生業成」の教えです。

紀野氏も、
爆弾処理という仕事も、
天から与えられた業、
己が今を生きる目的と
考えられたからこそ、
成し遂げることができたのでしょう。

親鸞は、歎異抄でこう言っています。

一生のあいだもうすところの念仏は、
皆ことごとく如来大悲の恩を報じ
徳を謝すと思うべきなり。


一生の間に唱える
南無阿弥陀仏の念仏は、
皆全て阿弥陀仏の恩に報い、
その徳を感謝する行いであると言います。

これがすなわち、
報恩、謝恩という思想です。

この恩という字は、因と心から成っています。
恩とは、原“因”を知る“心”。
自分が恵まれた状況にあることの
原因をよく考え、正しく知る心ことです。

親鸞は、この恩に目を向ける時、
大切なことは、自分が生まれてきた意味、
目的を知ること。

そして、その恩に報いるには、
他の人に喜ばれることをすることだと言っています。

利他の精神という言葉がありますが、
紀野氏のように、己の命も顧みずに、
異国の地で誰かのために
命を賭してする仕事は、
並大抵のことではありません。

私も海外での仕事が長く、
命をかけるというものではありませんでしたが、
日本人ひとりで孤軍奮闘しておりました。

その時の心境を振り返ると、
この国の人々のため、
この国に正しい生命保険の文化を
築くためという思いだけでした。

また、親鸞は、
こうも言っています。

人のいのちは日々に今日やかぎりとおもい、
時時に只今やおわりとおもうべし。

明日ありと  思ふ心の仇桜
夜半に嵐の  吹かぬものかは


今この時が最期と覚悟し、
今を生き切る。

いつこの世を去っても、
悔いなしとの思いで、
目の前の仕事と対峙し、
懸命にやり切ることができるか。

プロフェッショナルには、
その覚悟が求められるのでしょう。




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