プロの学校

なんでもできる平均人(ジェネラリスト)より、これが強みだというプロフェッショナルを目指せ! プロの自分をつくる極意を伝授。 成長を続けるための「心・技・体」入門。

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

| スポンサー広告 | --:-- | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

人生の問い




人生の三つの問い。

自分とは何か。

人生とは何か。

自分はどこへ行くのか。



第二の誕生日は自分自身に対して
最初の詩うものを発する日である。

その質問は、第一は、自分とは何か。

第二は、人生とは何か。

第三は、自分はどこへ行くか。

そういう重大な問いを厳然と発する。

問い自分で答えようとすることは、
一生死ぬまでかかって
何事かを為すということだ。

この三つの問いを絶えず自分に
繰り返し繰り返し発しながら、
人生を究めてゆく。


             亀井勝一郎

 


自分とは何か。

人はいつか必ずこのような問いを
自分に投げかけるものです。


第一の問い、自分とは何か。


私も20代に、この問いに悩んだ記憶があります。

何をやっても、何を考えても、誰かのコピーをしている、
真似をしているに過ぎないのではないか。

自分とは何なのか。
オリジナリティー、アイデンティティーとは何なのか。

大学時代に随分悩んだ時期がありました。

その時の結論は、どんなことを考えても、
どんな新しいことを思いついても、
大抵のことは既に誰かが考えているし、
実行しているものだ。

しかし、既に知られている、
実行済みのいくつかのものを
組み合わせて考えるのは、
自分のオリジナルであり、
それが新しさや自分らしさを
生み出すことがある。

だから、同じようなものでも、
真似ではない。

自分らしさは、
そのような組み合わせの中にある
というものでした。


第二の問い、人生とは何か。


戦国時代は、人生50年と言われ、
信長も少し手前の48歳で本能寺の変で世を去りました。

私もがむしゃらに前だけを
向いて生きてきましたが、
今改めて、己の人生とは何かと考えています。

淮南子」原道訓に、

五十にして、四十九年の非を知る

と言う言葉がありますが、
50歳にもなると、自分の生き方は
こんなものだと自身を省みなくなり、
驕りや妥協が生じてしまいがちです。

だからこそ、一度これまでの人生を
振り返る必要があります。

これまでのことを考えれば、
正直、まだまだ直すべきところ、
至らぬところ、間違いをしたこともたくさんあったと、
反省しきりです。

ただ、それらが、悪かった、
マイナスであったとは考えません。

ドラッカーは、その著書「現代の経営」で、


優れた者ほど間違いは多い。

それだけ新しいことを試みるからである。

一度も間違いをしたことのない者、
それも大きな間違いをしたことのない者を
トップレベルの地位に就かせてはならない。



と言っています。

間違いも、失敗も、
そこから学ぶべきことがあり、
その中に価値があるということでしょう。

自己を律して、己を更に向上させよう
とすることが大切だと考えます。

そして、

第三の問い、自分はどこに向かうのか。

登山家は、ひとつの山の頂上を極めると、
その頂から、さらに次の高みを発見すると言います。

今、私の心にある次の高みは、
何か大きなものを達成すると言うことではありません。

もっと身近であるけれども、重要なこと。

自分自身の心の内面を鍛えること、
心の修養であり、家族や周りの人のために
尽くすことであると感じています。

そのために、今この時間を費やしたい
という漠然とした想いがあります。

自分とは何か、人生とは何か、
自分はどこに向かうのか。

答えのない問いを問い続けるのが
人生なのだろうと思います。



関連記事
スポンサーサイト

| プロフェッショナルとして生きる:人生観 | 13:08 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT















非公開コメント

TRACKBACK URL

http://amazaki777.blog87.fc2.com/tb.php/14-3da76595

TRACKBACK

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。