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十牛図に学ぶ禅の智恵5

十牛図に学ぶ禅の教え5



しばらく、
禅の有名なテキスト、
十牛図の10の絵から学ぶ
禅の教えについて書いています。

20131020110210f55.jpg




今日は、4つ目の図、
得牛 です。

20131101143227dfd.jpg



真の自己である牛を、
しっかり掴まえ、
牛の正体が明瞭になった段階です。


この絵の序には、こうあります。

久しく郊外に埋もれて今日渠(かれ)に逢う。
境勝れたるに由って以って追い難し。
芳叢を恋いて而も已まず、頑心尚勇み、野生猶存す。
純和を得んと欲せば必ず鞭撻を加えよ。


このような意味になります。

長らく郊外の野原にかくれていた牛に、
今日やっとめぐり逢った。
この牛は、無心で優れているが、
自由奔放な野性を持つので、
なかなか追いつくことができない。

牛はこれまでさ迷っていた野原の草が
まだ気になるようで自分の方を振り向きもしない。

まだまだ強く野性が残っているからだ。
牛をおとなしくさせたいなら、
厳しく鞭を当てて訓練をしなければならない。


力を尽くして、
ようやく牛の鼻を掴まえることが
できたわけですが、
牛を掴まえてみると、
この牛はまだ盛んに自己主張をして
いうことを聞きません。

この牛の野生を取り除くのは
なかなか難しいのです。
せっかく掴んだ手綱が、
ともすると切れて牛は、
逃げそうになります。

まだ本当の自分を掴み切った
わけではないのです。

なぜ難しいのでしょうか。

京都大学名誉教授の上田閑照氏は、

修行の中で、坐禅によって真の自己の具体性が
だんだん現実になってくる。
そういう中で、逆に体の中に染み込んでいる
煩悩と煩悩を動かしている「我(が)」が、
今度は反抗的に出てくる


のだと言います。

20131101145227fdd.jpg



仏典の一つ『涅槃経』に、
一切衆生悉有仏性」とあります。

つまり、仏教の世界では、
元々全ての人に仏性がある、
仏陀と同じ本性を持っている
のだと言います。

生きとし生けるものは、
みな仏陀(完成された覚者)と
成り得る資質を持っている
というのです。

しかし、
普段何もしないと、
人は色々な欲や煩悩を抱えていますので、
せっかく修行して真実の自己、
つまり仏性、仏陀の悟りにたどり着いても、
自我、エゴ、我欲が出てきて、
葛藤してしまうわけです。

この自我と仏性の葛藤を、
手綱をグッと引っ張り暴れる牛で
表しているのです。

この絵には、最後に
こんな和歌が添えられています。


放さじと 思えばいとど こころ牛

これぞまことの きづななりけり



煩悩や我欲を持った自分、
悟りを開いた自分、
その押し合い、引き合いという
葛藤もふたつの自分自身の絆なのでしょう。


天崎 拝



◆今日出逢った素敵な言葉◆


一切衆生悉有仏性

生きとし生けるもの


すべてが仏陀の心を持つことができる

『涅槃経』 大乗仏教の教え




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