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十牛図に学ぶ禅の智恵 7

十牛図に学ぶ禅の智恵7



禅の4大テキストの一つ、
十牛図の一枚ずつから、
禅の教え、真の自分の見つけ方
について学んでおります。

20131020110210f55.jpg


いよいよ6枚目となりました。

6枚目は、

騎牛帰家 (きぎゅうきか)

です。


20131106132352b0c.jpg


暴れて言うことを聞かなかった牛に
またがって家に帰るという絵です。

牧牛のここまでの努力の結果、
牛がようやく自分の云うことを
聞くようになったという段階に入りました。


この絵には、
このように書かれています。


干戈(かんか)已(すで)に罷(や)み、
得失還(ま)た空ず。
樵子(しょうし)の村歌を唱え、
児童の野曲を吹く。
身を牛上に横たえ、
目は雲霄(うんしょう)を視る。
呼喚(こかん)すれども回(かえ)らず、
撈籠(ろうろう)すれども、
住(とど)まらず。


このような意味になります。

牛と自分との格闘、
つまり修行での心の戦いも
とうとう終わった。

牛を再び捕らえることも、
放すことももうない。

きこりの歌う田舎の歌を口ずさみ、
笛で童歌を奏でる。

気ままに牛の背にまたがって、
遠く大空を見ている。

このような人を誰も呼びかえすこともできず、
引きととどめることもできないだろう。


長い修行の結果、
真の自分と向かい合った自分は、
まるでおとなしくなった牛に乗るように、
悠然と我が家に帰りたいと思っています。

よく見るともう綱が無くなっています。
綱が無くなるということは、
牧牛と牛が一体になっており、
牛が牧人を乗せている、
そういうつながりとなったのです。

ここで本当に自己と自己との調和
つまり、
自己と自己が分裂や葛藤を克服して
ようやく真の自己と一体になったわけです。

ところで、
この牧牛は、なぜ楽しそうに笛を吹きながら、
のんびりと家に帰って行くのでしょうか。

やっとの思いで牛をつかまえ、
手なずけたからでしょうか。

でもそれは、
実は「元に戻った」にすぎません。

牧牛が満足しているのは、
誰に言われるでもなく、
自分から牛を探し始めたから、
ではないでしょうか。

自分の足で歩きまわって、
色々大変な思いをしてきたことは、
自分だけの財産です。

つまり、
「元に戻った」ことと
「何もしなかった」ことは、
同じではない
ということなのです。

それが修行の意味なのでしょう。


天崎 拝



◆今日出逢った素敵な言葉◆

「元に戻った」ことは、

「何もしなかった」ことは、同じではない。

そこに修行の意味がある。




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