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十牛図に学ぶ禅の智恵11

十牛図に学ぶ禅の智恵11


十牛図の10枚の絵から
禅の教えを読み解くお話も
今日で最後の1枚となりました。

20131113151035e46.jpg


10枚目の絵は、

入鄽垂手(にってんすいしゅ)

です。



修行の果てに、
新しい自分に生まれ変わり、
再び、元の世界に戻っていくこと


を示しています。

序としてこう書かれています。

柴門(さいもん)独り掩うて、
千聖も知らず。
自己の風光を埋めて、
前賢の途轍に負(そむ)く。
瓢を堤げて市に入り、
杖を策(つ)いて家に還る。
酒肆(しゅし)魚行(ぎょこう)、
化して成仏せしむ。



こんな意味です。

ひっそりと柴の戸は、
ひっそりと閉ざされていて、
どんな聖者も、その真実を知ることはできない。

悟りの輝きをかくして、
昔の祖師の歩いた道に背くことに
なるかも知れない。
徳利をぶらさげて町にゆき、
杖をついて自分の家に還るだけだ。

酒屋や魚屋にも行って大衆と交わり、
感化して成仏させるのである。
彼はあたかも蓮や睡蓮が
汚い泥水の中から生長しても、
泥水(世俗)に汚されないように、
「世法即仏法」の生活を
民衆のなかで実践するだけだ。



布袋様のような姿となり、
脚を現し、腹をむきだし、
町にさすらい歩き、
子供と親しみ、笑い、
慈悲を世界にふりまいて
生きている姿を表しています。

一体これは何を意味するのでしょうか。

ここまで、
自分自身を見つめて、
真の自分とは何かを見つける旅が終わった時、
求めるものは、すでに自分のことではなくなっています。

この絵のように、
民衆の中に入って、
一緒に働き、一緒に泣き笑いをする、
そんな人になって、
初めて多くの人を救うことができるのでしょう。

つまり、
十牛図に示されている
禅の修行のゆきつくところは、
ここにあるのです。

自分のための修行、
自分を追求する修行の先でできること、
それは、修行で得たものを
人のために生かすこと
なのです。

この絵の布袋様が、
自分自身の究極の姿なのです。

周りの人の思惑や体裁などを一切考えず、
自分をはだかにして、何の気遣いもせず、
人々の中に混じって話をし、
そして手を差し伸べるのです。

まさに、
世のため、人のために生きることが、
修行の先にあるもの
なのでしょう。

そう考えると、
この絵は仏陀の姿にも見えますが、
布教するキリストの絵にも見えてしまうのは、
私だけでしょうか。

あらゆる宗教は、
突き詰めていくと同じことを発見し、
伝えているのかもしれません。

20131020110210f55.jpg




終わりに

もともと十牛図に関心を持ったのは、
親友の小森谷さん、
彼は禅の研究家でもあり、
立ち姿もお坊さんのような人ですが、
彼に触発されたこともありました。

ただ、
海外でしばらく生活していた頃に
よく思ったことですが、
日本人はそう考えないな、
日本ならこうするだろうな、
などと思うことがよくありました。

私の行っていた国の多くは、
キリスト教の国でしたので、
宗教の違いもあります。

また、外国の国は全て、
一定の期間の歴史しかなく、
一時的に他国に侵略されたり、
支配されたりしているケースも多くあります。

ですから、
日本のように原始時代から単一民族で
侵略されることもなく、
悠久の歴史が続いている国は、
他にはありません。


そういう国の民族の血を受け継いで
いるからこそ、
日本人だからわかること、
日本人として生きる中で、
自然にDNAに埋め込まれたものが
あるということに気づきます。

例えば、
ゆがんだ侘び茶腕を見て素晴らしいと思うこと、
苔むした庭を見て美しいと感じること、
大きな岩、大木、山、海に、
神様や仏様がいると信じられること、

…など、
学校の授業で学んだわけでないにもかかわらず、
日本人が共通に共感できるものがあります。


そういう日本人らしさというものの根底には、
これまで見てきた仏教、特に禅の考え方が
ベースにある
のではないかと感じます。

もちろん、
朱子学、陽明学などの儒教の教えや、
八百万の神、神道な
ども、
私たちの文化の下地にあり、
レゾンデートルになっているのだと思います。

そういう意味で、
日本人として自分を知る手がかりとして
禅の智恵というものについて捉えてみました。

十牛図について書かれている本も
色々と読みましたが、
合わせて、日本の禅の始祖、
道元の「正法眼蔵」なども読みました。

2013111315144369d.jpg


仏教や禅は、
なかなか難しいという先入観がありましたが、
この十牛図で見ていくと腹落ちする部分が
多くありました。

これからも、
少しずつ勉強を続けながら、
10枚の絵のように、
自分と対峙する心の修行をしていきたいと思います。

十牛図に学ぶ禅の智恵 1〜11




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(2004/07/02)
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