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日本人の強さ -村上春樹氏のカタルーニャ国際賞スピーチに思う

我々は「無常(mujo)」という

移ろいゆく儚い世界に生きています。

生まれた生命はただ移ろい、

やがて例外なく滅びていきます。

大きな自然の力の前では、人は無力です。

そのような儚さの認識は、

日本文化の基本的イデアのひとつになっています。

しかしそれと同時に、滅びたものに対する敬意と、

そのような危機に満ちた脆い世界にありながら、

それでもなお生き生きと生き続けること

への静かな決意、

そういった前向きの精神性も

我々には具わっているはずです。



            小説家、村上春樹





村上春樹氏のカタルーニャ国際賞の
授賞式でのスピーチを読みました。

スピーチの中で、3ヶ月前の震災について触れています。

以下スピーチからの抜粋です。



地震については予測がつきません。

ただひとつわかっているのは、これで終りではなく、
別の大地震が近い将来、間違いなくやってくるということです。

おそらくこの20年か30年のあいだに、東京周辺の地域を、
マグニチュード8クラスの大型地震が襲うだろうと、
多くの学者が予測しています。

それは十年後かもしれないし、あるいは明日の午後かもしれません。
もし東京のような密集した巨大都市を、直下型の地震が襲ったら、
それがどれほどの被害をもたらすことになるのか、
正確なところは誰にもわかりません。

 にもかかわらず、東京都内だけで千三百万人の人々が
今も「普通の」日々の生活を送っています。

人々は相変わらず満員電車に乗って通勤し、高層ビルで働いています。
今回の地震のあと、東京の人口が減ったという話は耳にしていません。

なぜか?
あなたはそう尋ねるかもしれません。

どうしてそんな恐ろしい場所で、それほど多くの人が当たり前に
生活していられるのか?
恐怖で頭がおかしくなってしまわないのか、と。

日本語には無常(mujo)という言葉があります。
いつまでも続く状態=常なる状態はひとつとしてない、ということです。

この世に生まれたあらゆるものはやがて消滅し、
すべてはとどまることなく変移し続ける。

永遠の安定とか、依って頼るべき不変不滅のものなどどこにもない。

これは仏教から来ている世界観ですが、
この「無常」という考え方は、宗教とは少し違った脈絡で、
日本人の精神性に強く焼き付けられ、民族的メンタリティーとして、
古代からほとんど変わることなく引き継がれてきました。

「すべてはただ過ぎ去っていく」という視点は、
いわばあきらめの世界観です。

人が自然の流れに逆らっても所詮は無駄だ、という考え方です。
しかし日本人はそのようなあきらめの中に、
むしろ積極的に美のあり方を見出してきました。

(中略)

今回の大地震で、ほぼすべての日本人は激しいショックを受けましたし、
普段から地震に馴れている我々でさえ、
その被害の規模の大きさに、今なおたじろいでいます。

無力感を抱き、国家の将来に不安さえ感じています。
でも結局のところ、我々は精神を再編成し、
復興に向けて立ち上がっていくでしょう。

それについて、僕はあまり心配してはいません。

我々はそうやって長い歴史を生き抜いてきた民族なのです。
いつまでもショックにへたりこんでいるわけにはいかない。
壊れた家屋は建て直せますし、崩れた道路は修復できます。

(中略)

我々は「無常(mujo)」という移ろいゆく儚い世界に生きています。
生まれた生命はただ移ろい、やがて例外なく滅びていきます。

大きな自然の力の前では、人は無力です。

そのような儚さの認識は、日本文化の基本的イデアのひとつになっています。
しかしそれと同時に、滅びたものに対する敬意と、
そのような危機に満ちた脆い世界にありながら、
それでもなお生き生きと生き続けることへの静かな決意、
そういった前向きの精神性も我々には具わっているはずです。




たしかに、私たち日本人の根底には、
諸行無常と言う仏教の思想が流れています。

すなわち、あらゆるものは、
過ぎ去ってゆくということを認めることです。

私たちは、生まれ落ちた瞬間から、死に向かっています。

そして人はいつかは死に至るのです。
この世には、永遠の命など存在しません。

もし存在するとしたら、生きることに希望も、
夢も、喜びもなくなってしまいます。

死があるからこそ、一瞬一瞬の命の輝きがある。

非常に、ポジティブな諦観。

それでは、人はいつ命を失う時が来るのでしょうか。

それを決めるのは、天の仕業。
自然(じねん)の力。

すべては運命であり、天命です。
だから、天命には、抵抗せず、
天命を享受することが必要だということです。

日本人の精神性は、この天命を信じるほどの崇高さがあり、
それゆえ、このような悲劇的な状況下でも、
何事もなかったの如く、冷静に振る舞い、
生き続けることができるのです。


村上春樹カタルーニャ国際賞スピーチ村上春樹




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