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ダイエー中内功氏の執念

ダイエー中内功氏の執念

昨日に続き、消えゆくダイエーについて思うことを
書かせて頂きます。

ダイエーの中内氏が、松下幸之助氏のパナソニックと
30年戦い続けたことをご存知でしょうか。

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1964年の東京オリンピックの年に、
ダイエーが、松下製品を20%引きで販売を行ったところから
両社の対立が始まりました。

これに対して、
松下電器は、ダイエーへの出荷停止措置をとり、
今度はダイエーが同社を独占禁止法違反の疑いで告訴し、
両社の争いは泥沼化していきました。

今でこそ、ディスカウントが当たり前となり、
中内氏のこうどうは、先駆的であったということです。

中内氏の哲学は、

ダイエーの存在価値は、
既存の価格を破壊することにある



として、流通革命に執念を燃やし続けました。

両社が正式に和解したのは、なんと30年後の1994年です。

なぜ、中内氏はここまで、
執念を持って、流通革命を続けたのでしょうか。

この執念の原点は、戦争の体験にあります。

日経新聞の私の履歴書の冒頭で、こう書いています。



日本は太平洋戦争に負けた。
私はフィリピンの北部の山中で、
大日本帝国陸軍の軍曹として敗戦の日を迎えた。
自分の目の前で多くの戦友が死ぬのを見た。
「突撃」の一言で勇敢な人ほど死んでいった。
自分は卑怯未練で生き残った。
そのことへの後ろめたさを心に抱いて、今も生きている。

この体験を基に、私は日々の生活必需品が安心して買える社会を
つくることを戦死した人々に誓った。
それを途中で投げ出すわけにはいかない。


ダイエーは、この戦争体験を基に、
生活必需品を安く安心して買える社会をつくることを戦死した仲間に
誓って始めたビジネスだったのです。

だから、命がけで取り組む戦争だったのです。

その中内氏は、
日本で最初に自らを「CEO」、
すなわち最高経営責任者と名乗った経営者です。

中内氏はこう言います。

社長や部長といった『長』と呼ばれる人間になっても、
そんなもんはどこにでもおる。
石を投げたら大体『長』の名刺を持っとる奴に当たるもんや。

むしろ『者』の付く人間にならなあかん。
芸者、役者、経営者、学者、みんな誰でもなれるもんやない。
芸者でも役者でも、お座敷や舞台にお呼びがかからんようになったら引退や。
経営者も一緒やで。体張ってやってるから魅力的なんや。




者と付く人は、プロです。

プロとは、

一つの仕事について精通して、極めた人であり、
その道で一流になろうしている人
です。

私たち営業の世界で言えば、「者」と付く人になるとは、
商談者になることです。

中内氏のように、執念を持って、
商談のプロを極める姿勢を持ちたいものです。


天崎 拝
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